第3章
世界は均衡を失い荒れていた。勢力を二分していたその一方の龍族が長を亡くし、天人側に一気に攻められ、龍族の勢力は大きく削られていた。
だが、龍族の者達もそのままであるはずはない。彼らは最後の足掻きとでもいうように、死力を尽くして反撃を始めたのである。
これによって互いの勢力は思わぬ死闘になり、各地でこれまで以上にたくさんの血が流れ、犠牲者は拡大を続けていた。
そんな中で疾風たちのグループはその戦いを何とかして止めようと日々奔走していた。
戦いの中でいつも犠牲になるのは弱い老人や子供、そして女。そんな犠牲になるべきではない存在を守りながら天人の長を探していたのだった。
疾風は父を龍族の長との戦いで亡くしたが、父はその命を持って平和への光を繋げた。その強い想いと遺志を継ぎ、まだ少年でありながらグループを束ね、若きリーダーとして最前線で戦い続けていた。
やがて、近い将来やってくるだろう天人の長との戦い。その戦いには絶対に負けるわけにはいかない。
この絶望しかない世界の唯一の光を、その命を持って繋げた父のためにも、世界中で終わりの見えない戦いの終結を願い、怯える者たちのためにも、未来へ繋げなければならない。
だが、天人の長の動向を仲間たちの協力を得て探るものの、その入った情報を追い、地へ辿り着いた時には、その場所は無残な光景を残すのみだった。
そんな中、また疾風達は天人の長を追い、ある村へやってきたが、結果は今までと同じだった。
焼け焦げた家と捨てられた人形のように転がっている命を絶たれた者達。
「何てことだ」
平穏に暮らしていたであろう家々は破壊され、火を放たれたのか黒く焼け焦げていた。井戸の傍には何とか火を消そうとしたのであろう者達が命を絶たれ、血の海が広がっていた。
周囲に広がる独特の匂いがこの場で、何人の命が奪われたのか判らなくなるほどの惨状を物語っていた。
その光景を疾風の隣で見ていた奈津が悔しそうに拳を握り締めた。
「天人の長の動きは私たちの想像以上だわ」
瓦礫から昇るいくつもの煙。この光景をもう自分たちは何度見てきただろうか。
その場で目の前の惨状にどうすることも出来ずにいると、先の村の様子を見に行っていた武琉達が戻ってきた。
「疾風!」
「武琉。どうだった?」
そう問う疾風に向かって武琉が首を横に振った。
「駄目だ。向こうの村もやられている」
「そう」
予想していた通りの彼の言葉に、疾風はそれ以上何も言わなかった。
だが、このままではより多くの犠牲者が出る。闇雲に天人の長の動きだけを追い続ける訳には行かないだろう。
疾風は自分が率いている仲間達を集め、天人の長を追うもの、戦いの激しい村や集落を守るものとの二手に分かれることを告げた。
そして大半を村を守るものに人員を裂き、疾風は天人の長を追うために必要最低限の者たちのみを連れて長を追うことにした。
「武琉。村を守る指揮を取ってくれ」
村を守る者たちのリーダーに幼馴染であり、共に修行をしてきた……疾風がもっとも信頼する親友を置いた。
「わかった、まかせろ」
力強くうなずく武琉に疾風も心強く思いながら頷き返した。
時間はあまり残されてはいない。一刻も早くこの戦いに終止符を打たなければならない。
同じく天人の長を追うことになった奈津が疾風の肩を叩いた。
「さ、行きましょう。疾風」
「はい」
二手に分かれた仲間達がそれぞれに向かって散っていく。
「疾風!」
背後から声を掛けられた疾風が振り向くと、武琉が片手を揚げて拳をぐっと握る。
「必ず生きて帰って来いよ!」
「ああ!」
疾風も同じように片手を上げ、拳を握りそれに応えた。
最後の戦いにあるだろう。それゆえにもっとも厳しい戦いになるはずだ。命の保障などどこにもない。
しかし、仲間達のためにも、帰りを待っている者達のためにも生きて戻りたい。それは誰しもが同じ思いを持っている。
やがて、疾風達はそれぞれに散っていった。
最後の戦いに向けて……。
天人の長の足取りを追い、辿り着いたのは現存する龍族の村では最大の村だった。
しかし疾風たちが到着した時には戦いの真っ最中で、天人と龍族が争う声が周囲に響いていた。
天人がこれだけの規模の村を襲うということは、確実にここに天人の長がいるということである。これほどの大きな村を襲うのに下っ端を使うはずなどない。
言ってみれば龍族にとってもここは最後の砦であり、また天人達にとってもこの戦いで勝利を収めるには不可欠な場所である。
そんなところに天人の長が出向かないはずなどないのだから。
「やっと見つけた」
疾風は腰に付けていた剣を鞘から引き抜いて仲間を振り返った。
「皆は村の被害を抑えつつ戦ってください。僕は長を追い、倒します」
「判った」
口々に返事を返した仲間達はあっという間に散っていった。
疾風はそれを見送ると自分の天人の長を探すために村の奥へと駆け出した。
あちこちで火の手が上がっていて焦げ臭い。そんな村の中を疾風は途中襲い掛かってくる天人たちを倒しながら駆け抜けていく。
「疾風!」
聞きなれた声を耳にし、足を止めると赤い髪を熱風にさらして走ってくる奈津の姿があった。
「奈津さん」
「私も天人の長の元へ行くわ」
驚きの奈津の申し出に疾風は慌てて首を横に振った。
「危険すぎます」
天人を束ねる中心人物との戦いだ。天人の中で最も強いだろう。そんな中に彼女を連れて行くことがどれほど危険なことか。
だが、そんな疾風の心配をよそに、奈津は自分の言葉を引くことはしないという強い想いを疾風にまっすぐぶつける様に見つめてくる。
「危険だから、一緒に行くのよ」
彼女の性格は疾風自身が良く知っている。言ったことはやり通す強い意志と、絶対に曲げない強さ。
ここでこれ以上何かを言ったところで奈津は引かないだろう。
「判りました」
半ば入れるように頷いた疾風は苦笑を浮かべた。
そして二人は天人の長の元へと急いだのである。
村の中心部。そこに探していた者はいた。天人の中にいては珍しく身体つきの大きい、いかにも強そうである男だ。
その男は龍族を手に掛けようとしていて、疾風は考えるよりも先に天人の男に向かって行った。
「やめろ!」
上段に構え、一気に振り下ろした疾風の剣を、その男はいとも簡単にかわし、手に掛けようとしていた龍族を突き放し笑った。
「やっと来たか」
「お前が天人の長だな」
「そうだ」
疾風は横目で奈津が男が突き放した龍族を逃がすのを確認し。剣を構えなおして男を見据えた。
たくさんの者達を傷つけ苦しめ、命を奪った存在が、ようやく目の前に現れた。
待っていた瞬間に、疾風は身体中が怒りに震えるのを感じた。
どれほどの者達がこの者のせいで死んでいったのだろう。ただ、幸せに、平穏な生活を望んでいただけの者達が……。
「許さない」
「小僧と女がどうやって俺を倒すというんだ」
疾風と奈津に冷たい、刺す様な視線を向けながら冷ややかに笑って男は言った。
相手は完全に油断している。これはもしかすると逆に大きなチャンスかもしれない。
「行くぞ!」
疾風は剣を手に奈津と共に長の男に立ち向かっていった。
剣を素早く振り、リズム良く攻撃を繰り返すが長の男はそれを何の苦もなくかわしていく。
さすが天人の長だ。今までのようには行きそうになかった。
「この程度か」
口元を歪めて笑う男に疾風はキッと睨み返し剣を振るった。
「くそっ」
負けるわけには行かない。自分は絶対に勝たなくてはならないのだ。
疾風は必死に天人の長に向かっていき、奈津がそれを援護した。
その連携で生まれた天人の長の一瞬の隙を疾風は見逃さなかった。
「これで終わりだ!」
上空へと飛び上がった長の男を疾風は追うように飛んだ。そして手に持つ剣を下から薙ぎ払うように男に向かって振るったのだ。
「何? ……うわぁっ!」
思わぬ攻撃だったのか、男は上空では素早くかわす事も出来ずにまともに疾風の放った攻撃を食らい、まるで射落とされた鳥のように地面に叩きつけられ転がった。その身体の下にはやがて赤い水溜りが出来、男は動かなかった。
着地した疾風は肩で息をしながら、その男を見下ろした。
勝った……はずなのに釈然としない思いがした。
確かに他の今まで戦ってきた天人の中では強い気がした、だが、この程度の力で天人を束ねているのが腑に落ちなかったのだ。
龍族の長は父が命を掛けなければならないほどの強さだった。天人と龍族、互いに均衡した勢力を保っていたことを考えても長同士の実力も均衡していて当然だ。
なのに……。
その時、周囲の空気が変わった気がした。
「疾風、危ない!」
奈津の声がしたと思った次の瞬間、どんという衝撃を感じ、疾風はそのまま地面に倒れこんだ。
「ああっ」
それと同時に奈津の悲鳴と、凄まじい突風が周囲を包んだ。
すぐに収まった風に疾風はすぐさま身体を起こすと、傷だらけの奈津が倒れているのが視界に入った。
「奈津さん!」
慌てて奈津の傍に行き、彼女の身体を支えるようにして起こしてやった。見るとあちこちが深い傷を負っていて、まるで、かまいたちの嵐の中へ放り込まれた後のような酷い状態だった。
傷の酷い奈津に気を取られていた疾風だったが、急速に大きな力が膨れ上がる気配を感じ振り返った。
「誰だ!」
その視線の先には長身の美しい女性の姿があった。女性は銀色の流れる髪を風になびかせながら高らかに笑い、冷たい眼差しを疾風達に向けてきた。
「天人の長を殺ったと思った? 残念だったわね。私が本当の天人の長よ」
冷たい視線と同じように背筋が凍るような冷たい笑みを見せ、その天人の女は疾風が予想していなかった事実を口にしたのだ。
「何?」
「さっきのはオトリよ。貴方達をおびき寄せるためのね」
ふふっと含み笑いに赤い口元が不敵に歪んだ。
「簡単に引っかかってくれて助かったわ、ありがとう。じゃ、早速だけど死んでもらおうかしら」
氷の様に冷たい声が響くと天人の長であるという女が襲い掛かってきた。
疾風は奈津を抱え、何とか剣でそれを防ぐが奈津を庇いながらでは明らかに不利な上に、さっきの偽者とは違い、その強さは女性でありながら桁違いに強いのが実感できた。
攻撃を防ぐだけで今の疾風では精一杯だ。
「疾風」
気がついた奈津が苦しそうに声を掛けた。
「あなただけでも逃げなさい」
「奈津さんを置いてなんかいけない!」
歯を食いしばり、猛攻を仕掛けてくる天人の長の攻撃を防ぎながら疾風は奈津の言葉に首を横に振った。
「疾風……」
疾風は奈津を守りながら戦う。しかし、相手が本気でないことぐらいは疾風にだって充分判っている。長の女は疾風の実力を計るかの様に遊んでいるのだ。
このまま戦い続けても負けるだけだと判断した疾風は一瞬のスキを付いて剣を一閃した。剣から放たれた衝撃波は龍を象り長の女に向かっていった。しかし、相手は慌てる事なく自らの力で相殺する。
ぶつかり合う二つの力で爆風が起こり、砂煙で周囲の視界が遮られた。
疾風はそれを利用して一度その場から引くことを選び、奈津の身体を抱えて去った。
「逃げたか。だが、傷を負った仲間を連れては遠くへ逃げられまい」
そう笑う天人の長の声が響くのを聞いた。
疾風は少し離れたた岩陰に隠れ、奈津の身体を気遣う。
「奈津さん、大丈夫ですか?」
「ええ」
気丈に振舞う奈津の表情は、それでもとても辛そうで、顔色も良くはない。早く仲間と合流して治療しなければ。
それにこのままこうして隠れていても長に見つかってしまうのは時間の問題だ。そうなっては二人とも殺されてしまう。
父が命を賭けて開いた平和への道。それを守り、切り開くのは父の血を受け継ぐ自分しかいない。
「奈津さん、逃げてください」
「駄目よ、あの女は強い上に頭がキレる。疾風一人をおいて逃げるなんて出来ないわ」
かたくなに疾風の言葉を拒否する奈津。そんな彼女に疾風はゆっくり立ち上がると剣を手に握り微笑を浮かべた。
「奈津さん。僕一人で大丈夫です。必ず守ります」
守りたいもの、守らなければならないもの。この世界で生きるたくさんの命と大切な人達。
そのためにそれらを本当に守るために自分に出来ることがまだ残っている。あの天人の長に勝てるであろう唯一の方法が。
疾風の脳裏に、あの日……龍族の長と戦った時の父の姿が浮かんでいた。自分も同じ道を辿ることになるのは運命なのだろうか。
「疾風、まさか」
奈津は疾風の思いを察したのか、痛む身体を忘れるかの様に起き上がり疾風の腕を掴んだ。
「駄目よ、絶対に駄目!」
「奈津さん」
疾風は諭すように彼女の名を呼び手を離させた。そして彼女の手をぎゅっと握り締めて再び目線を合わせるために膝をついた。
「お願いです。逃げて、生き抜いてください。平和への道をここで閉ざしてしまうわけにはいかないんです」
そして微笑んで見せた。自分は大丈夫だと。
彼女には生きて欲しい。そして平和になる世界を味わって欲しいと心のそこから願っている。
それにきっと彼女なら、自分の想いも、父の託した意志もきっと他の者達に伝えてくれると信じていたから。
そんな疾風の想いを判ってくれたのか、奈津はうなだれるように頷いた。
「判ったわ。でも。必ず生きて、帰ってきなさい」
「……はい」
奈津の言葉に疾風は素直に頷いた。
そして疾風はそれ以上何も話すことはせずに、彼女の手を離し。背を向けてそのまま走り出した。
再び戦いを挑むために。
奈津の痛いほどの想いを胸にしまって。
疾風は恐れることもなく再び天人の長の前に立った。焦げた臭いが風に乗って周囲に満ちるように吹いている。
煙が足元をさらうように風に乗って流れる。
天人の長の女は銀の長い髪を揺らし、長いローブを翻して疾風を振り返った。
「自分から戻ってくるとは。死ぬ覚悟が出来たのかしら」
不敵に笑みを浮かべて低く笑う。
疾風はその嫌な笑みに背中に嫌な汗が流れた。こうしていても長の強さがひしひしと肌に伝わるのだ。凄まじい力を秘めた威圧感。
だが、逃げるわけにはいかない。疾風は剣を構えた。
「早速殺してあげるわ!」
高らかに声を上げると長の女は襲いかかってきた。
天人の長は女性でありながら強力な魔力を秘めた技を放ってきた。疾風はそれを剣で何とか防ぎ、剣に自分の力を込めて切り返し、彼女が放った力もろとも跳ね返した。
だが、相手はその二つの力が合わさったそれさえ簡単にかき消したのだ。
「効かないわよ」
何の苦労もなく、長の女は口元に笑みを浮かべた。
力の差を痛烈に感じながらも、疾風は諦める事なく長に向かっていった。しかし、身体は長の女の攻撃によりぼろぼろになる。
疾風は剣を構え振るう。それは多重の閃光となり、何重もの龍となって天人の長に向かっていった。
何重もの攻撃にさすがの長も今まで保っていた体制が崩れて隙が生まれた。
その一瞬のチャンスを疾風は見逃すことはしなかった。
今しかない。勝つには最終奥義しかない。このチャンスしか勝てない。
疾風は全身の力を、奥底に眠っている力を一気に解放した。これほどの力が自分にあったのかと思うほどの巨大な力が解き放たれた。
全身が神々しい光に包まれたかと思うと、自らの力に祖のみが飲み込まれていく。
「風龍! 命燃風放!」
光は疾風の身体を龍に変えた。風の力と疾風の命が合わさったその流派うねるように身体を揺らし、風の牙をむき出しにして天人の長に襲い掛かっていった。
「そんなもので私に勝てると思っているのか! 龍族に奥義があるように、天人にも奥義があるのよ!」
天人の長はそう叫ぶと自らの力を解放する。
天人の長の女が放った力は凄まじい奔流となって龍となった疾風に襲い掛かってきた。
だが、その力が龍に直撃する寸前、たった今まで一匹だったその龍が二匹に別れ、長の放ったそれをかわしたのだ。
「何?」
予想していなかった長は驚き、そして分かれた二匹の龍はその長の女を一気に飲み込んだ。
断末魔の女の叫び声が、周囲の空気を切り裂くように響いた。
やがて、龍の一匹は疾風の姿に戻り、静かになったその場に立つ。
天人の長を、倒すことが出来たことを知った疾風は安堵に息を吐いた。
「やった……」
だが、力を使い果たした疾風はそのまま崩れ落ちるように地面に倒れた。そんな疾風をいたわるようにもう一匹の龍が優しく包み込むようにし、やがて疾風の身体の中に溶けるように消えていった。
疾風が目を開くと、何もない場所にいた。ただ白いその場所はとても静かで穏やかだった。
何気なく視線を足元に向けると自分の身体に合ったはずの傷が全て消えているのに気がついた。
どういうことだろうと思った時、穏やかで懐かしい声がした。
「疾風」
その声にゆっくり振り返ると、その視線の先には父、風馬の姿があった。
「父さん?じゃ、僕は……」
やはり、と、疾風は思った。奥義は命をエネルギーに変える技。あの技を使って生きている者はいない。
死んだはずの父が自分の目の前にいるということは、自分もやはり死んでしまったのだと思った。
しかし、疾風の想いをよそに、風馬は優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫、お前は生きている」
その言葉に疾風は驚く。そんな疾風に風馬は説明するように話を続けた。
「あの最終奥義は龍族の技。お前には元々龍族だけではなく天人の血も流れている。その天人の血がお前を守ったのだ」
「天人の血が、僕を」
確かに自分の母は天人である。父は龍族で、その混血児だ。でもどちらかといえば容姿を思えば龍族としての血の方が強いのであろう。普段それを意識することはあまりなかった。
しかし、天人の血はいつも疾風の中で微力なりとも力となり、守ってくれていたという事を始めて自覚した。
いや、今思えば自覚がなかったその力があったからこそ、今まで戦い抜いてこられたのではないかと思う。
「疾風」
風馬の呼びかけに疾風は顔を上げ、父を見た。
「お前が最終奥義を使い、龍と変わったとき、もう一匹の龍が現れただろう?」
父の言葉に疾風はさっきの戦いのことを思い出して頷いた。
「はい。でも何故二匹の龍が現れたのか判りません」
「あの龍は私だ。何故、死んだ私が龍となってお前の力となれたのか、判らない。だが二つの血を持つお前には何か特別な力があるのかもしれない」
「特別な力」
龍族と天人の血。それを持つ者はこの世界の情勢を考えても決して多くはない。
それがもし、疾風の運命だというのであれば、その存在は平和への道を切り開くためにこの世界が生み出した布石の一つだったのかもしれない。
「疾風、両方の長が亡き今、平和への道が開かれた」
風馬は続けた。
「だが、その道もまた困難な道となるだろう。これからは今まで以上に強い信頼と心が必要となるぞ」
一度は分かれてしまった二つの種族。たとえ両方の長が死んだとしても、その根本に眠る問題……差別や疑念、そして怨恨は簡単に晴れるものではない。
そういった意味ではこれからが本当の戦いになる。
「はい」
疾風は父の言葉に決意を新たにし、しっかりと力強く頷いた。その強い光を宿した瞳はまっすぐ父を見つめ、その先の未来を見つめていた。
「奈津の声が聞こえる」
風馬は視線を上げた。
「もう、戻りなさい」
「父さんは?」
「お前が必要とした時、私はまたお前の前に龍となって現れるだろう」
次第に薄れていく乳の姿は再びあの龍の姿となり、疾風の身体に消えていった。
そして奈津の自分の呼ぶ声が聞こえ始めると浮遊感が疾風を包み込み、目を閉じた。
「疾風!疾風!」
必死に呼ぶ、夏の声に目を覚ますと、涙を溜めて顔を覗き込んでいる奈津の姿が視界に入った。
「奈津さん」
「疾風!」
疾風が身体を起こすと同時に奈津が抱きついてきた。
突然の彼女の行動に、疾風は何とか彼女の身体を抱きとめながら驚いて目を見開いた。
「な、奈津さん?」
「本当に良かった」
疾風の肩に顔を埋めている奈津の声は涙で震えていた。
ぎゅっと再度、力を込めて抱きしめてくると、彼女はようやく身体を離して涙を拭いながら安堵の笑みを零した。
「最終奥義を使って生きているなんて奇跡だわ」
「父さんに夢で会いました。天人の血が僕の命を守ったのだと。そしてこれからが本当の強さが必要になる……と」
「そう、兄さんが」
夢であった父との事を簡単に説明した疾風は、父が自分の中に龍として存在していることを続けて言おうとしてやめた。
あの出来事が本当に夢だったのであれば……そう思うと、奈津には話さないほうがいいような気がしたのである。
いつか、また時が来れば話せばいい……そう思った。
「疾風!」
遠くから声がして、その方向を見ると、武琉達が走ってくる姿が見えた。
助かった命、失った命。そこに見える仲間たちを見て、それを知る。
犠牲は大きい。奪われた命、奪った命は数知れない。しかし、それを全て覚悟して自分たちはようやくここまで辿り着いたのだ。
疾風はゆっくり立ち上がると武琉達を出迎えた。
「疾風!」
「武琉!」
生きて再会した親友は抱き合い、互いに生きていることを喜んだ。
「無事でよかった」
「うん。武琉も」
他の仲間たちも、再会を喜び、そして散った命に涙を流した。それでも疾風が天人の長を倒したことを知ると喜びの声が上がった。
その喜びの輪の中心で、疾風は世界に想いを馳せるように空を見上げた。
どこまでもどこまでも広がるこの空の下には、まだ争いが続いている。
世界は負の道を歩いていた。それがようやく動き始めた。正の道へと。
だが、まだゼロにも戻っていない。
ここからが本当の始まりである。
欲の暴走 命を奪われ
平和への希望 命を奪い
欲のために戦っても 守るために戦っても
散る命はある
それは誰かの大事な人を奪ってしまう事
忘れてはいけない罪
弱い心が生む争い
本当の強い心とは何か?
そう問いかけながら、そしてその答えを探しながら生きていく。
年月は流れ―――
疾風達は困難であった平和へも道を歩き続け、誰もが心の底で望み続けた天人と龍族が共に生きる世界を築いていくことになる。
そして成長した疾風は、世界中の者達に望まれ、世界を治める王として「天龍神・疾風」と称され、生涯皆に慕われ平和な世界を守り続けた。
後世に、最初の『龍使い』としても名を残し、世界を統制した最初の王としてその歴史に深く刻み付けられることになるのだった……。
終
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