セレクション

第2章

 

初めて命を奪った日

どうしようもないほどの震えに襲われた

覚悟していた事なのに

心のどこかで何かが引っ掛かっただけで考える暇もなく争いは続いて行く

立ち止まれば今度は自分の命を失うかもしれない

信じるしかなかった

自分の歩く道が 平和に続いていると……  

 

 

 

 

疾風が外の世界に出て、戦いの世界に身を投じて3年の月日が流れた。

15歳になった彼は父のいる仲間と合流し、この若さではあるが今では、前線で立派い戦う貴重な主戦力となっていた。
 平和を願いながら戦いを続けることに疑問を抱きながらも、その持って生まれた強い戦闘力で戦い続ける。

 そんな日々を3年続けてきた。

 いつまで続くのか判らない、戦いの日々を生き抜くために。弱い者達を守るために―――。

 

 

 疾風は仲間達の拠点としているテント村から少し離れた場所で空を見上げていた。その自分の隣には奈津がいる。
 何をするわけでもなく、ただ・・・空を見上げて。
 こうしていれば、戦いの世界が嘘のようで・・・。平穏な時間が過ぎて行くのに。
「こんな争い、いつまで続くんだろ」
「そうね。本当にいつまで続くのかしら」
疾風の独り言のような呟きに、奈津もうなずいてそう応えた。
 いつまで続くか判らない戦い。天人と龍族の争い。果てしない戦いの歴史と、その見えない未来に不安は大きく膨らんで行く。

 自分達のしようとしていることが、いつか戦いを終わらせることが出来るのだろうか・・・?

「この世界を支配したいと言う気持ちも、どちらかの種族を滅ぼしたいと言う気持ちも、僕にはわからない」
どちらかが支配して、どちらかが滅んで・・・それで本当に平和になるのだろうか?確かに争いはなくなるかもしれない。でもその先にあるものは本当の意味での平和と言えるのだろうか?

「疾風!奈津!」

呼ばれた声に振り向くと、その先には武器を片手に持った父、風馬の姿があった。
「近くの天人の村が龍族に襲われている。助けに行くぞ!」
「はい!」
疾風はうなずくと奈津と共に風馬の後を追い、駆け出した。

 

 

 

 

 襲われていた天人の村はキャンプ地から少し離れてはいたが、それ程遠い距離ではなかった。駆けつけてみるとあちらこちらですでに火の手が上がっていて黒い煙が何本も立ち上がり空を黒く染めていた。
 村に足を踏み入れた途端に匂う焦げた匂い。それに思わず顔をしかめる。

 それと同時に聞こえる悲鳴と剣の音。龍族が天人を襲っている姿が見えた。それを視界に捉える頃には風馬が駆け出していた。
「やめろ。こんなことをして何になる!」
素早く剣を構え体制を取る。
「またお前らか」
龍族は舌をならして面倒そうに顔をしかめた。
「疾風、奈津。お前たちは向こうを頼む」
「はい。」
風馬は龍族に身体を向けたままそう、疾風たちに指示を出した。疾風はそれにうなずいて奈津と共に村の奥へ駆け出した。
 それに気が付いた近くにいた龍族達が立ち塞がる。
「行かせるか!」
だが、疾風は腰に身に付けていた剣を鞘から引き抜いて駆け出した勢いのまま、次々と一撃で立ちふさがっている龍族達を倒し、奥へ向かった。

 

 

 村の奥へ駆け込むと龍族が次々と村人を襲っていた。次々と龍族は天人たちに襲いかかり、その命を奪っていた。
「天人よ、お前らの命など・・・この世界には不要だ!」
やがて、一人の龍族が逃げようとする少女に襲いかかろうと剣を振り上げた。
 疾風は風を操り『風龍』を放った。それは少女に襲い掛かろうとした龍族を襲う。やがてその龍族は疾風の放った攻撃により身体もろとも命を消した。
「誰だ、邪魔をするのは!」
そばにいたもう1人の龍族が声を上げた。こうなれば戦闘は避けられない。とにかくあの少女を安全な場所へ連れて行かなければ巻き添いで危険な目に合ってしまうかもしれない。
 疾風は奈津にわずかに視線を向けた。
「奈津さん、彼女を安全な場所へ」
「わかったわ」
奈津はうなずくと少女の元へ向かって、その腕を取った。
「さぁ、こっちへ。」
「い、いやっ。こないで!」
脅えて暴れだそうとする彼女に奈津は顔を歪める。
「仕方ないわね……」
そう呟いて奈津はその少女に手をかざした。淡い光が掌から発せられると少女はそのまま崩れるように倒れた。
 奈津は気を失い倒れた少女の身体を抱えて身軽な動きでその場を後にした。
「逃すか!」
後を追いかけようとした龍族の前に疾風は剣を手に立ち塞がった。
「行かせない、あんたの相手は僕だ!」
「子供のくせに生意気なっ」
龍族は鋭い視線を疾風に向けて剣を構えた。だが、疾風は臆する事もなくまっすぐ龍族に視線を向ける。勝てない相手ではないことはすぐ感じ取れた。

 先に仕掛けてきたのは龍族の方だった。

 剣を素早くなぎ払ってきたのを疾風は身軽にかわすとそのまま距離を詰めた。剣の柄で腹部に攻撃を加えると、龍族は身を屈めて後ずさる。
 だが、疾風はその隙を見逃さずに剣を振るい切り付けた。龍族はそれをまともにくらいそのまま倒れて息絶えた。
 慣れてしまったその感覚に疾風は倒れて動かなくなった龍族を見つめたまま眉をひそめた。
 命を奪う事に、慣れてしまっている自分に恐怖を感じる事もあるけれど悩んでいられない。考える時間さえない。
 その時、胸に唐突に何かざわざわする感覚が沸き上がってきた。いままで感じた事のないそれに大きな不安が胸の中を支配する。

 何か……起こる。

 反射的に感じた疾風は顔を上げた。
「なんだ……この嫌な感じは……」
注意深く周囲を探る。その時、父親の気が大きく揺れているのを感じた。
「父さん!」
疾風は剣を腰に収めてそのまま駆け出した。

 父の身に何か……不吉なことが起こる、そう感じた。

 

 

 

 父の元に駆けつけると、風馬は龍族の長と戦っていた。
「死ね!」
龍族の長は最後の攻撃を加えようとしていた。風馬はもう立っているのがやっとの状態で・・・。
 疾風が援護に駆け出そうとした時、風馬の周囲の空気が変った。風が足下から舞い上がり光を伴って風馬の身体にまとわり付く。
 まさか・・・疾風は何が起ころうとしているのか予感した。父の身体から発せられる今まで見た事のないエネルギーにそれが彼の命そのもののエネルギーである事を感じたのだ。
「まさか……」
龍族の長もそれに気が付いたらしい。
「させるか!」
龍族の長がそれを阻止するために行動を起こしたのだ。だが、風馬は構う事なく自らの命の力を解放させた。
「風龍!命燃風放!」
解放した命のエネルギーは大きな奔流となり、また龍の姿となり風馬の姿がそれに呑まれる。2つの姿が重なり、巨大な龍の姿になって目の前にいた龍族の長に襲い掛かった。
 龍族の長は断末魔を上げ、龍に呑まれるように灰になって姿形すら残らずに消えてしまった。
 そのすさまじいエネルギーの奔流が収まると、そのエネルギーから解放された風馬がふらりと糸の切れた人形のように地面に倒れこんだ。
 その倒れる重い音にはっと我に返った疾風は倒れた父に向かって駆け出した。
「父さん!? 父さん―――!」
 冷たくなり始めた身体を疾風は抱え込んだ。必死に呼び掛ける疾風に応えるように父はゆっくり瞳を開けた。その瞳は疾風を捉えると、震える腕でしっかり疾風の服を掴み縋るように力を込めて来た。
「疾風……頼む。幸せな……世界を……」
そう言ったきり、父の身体から力が抜けて手がするりと落ちた。
 同時にボロボロと崩れるように灰になっていく父の身体が疾風の抱えた手から落ちて行く。
 涙で視界が歪む。そして父の身体が自分の両手から灰になって消えて行った。
「父さん?」
涙が零れて、灰色に染まった掌に黒いし染みを作った。
 さっきまでそこに確かに存在した温もりに縋るように疾風はその拳を握り締めて胸に押し当てた。
「父さん―――っ!」
失った温もりはもう戻ってはこない。そのとてつもない悲しみと、そして自分が背負ってしまったであろう確かな重い使命を感じながら、疾風はその場に泣き崩れた……。

 それでも、確かに父から託された想い。それを受け継いていくのは自分しかいないという決意を疾風は胸に押し込めていた。

 

 必ず、この世界を――――。

 

 

 

 

 仲間の元に戻った疾風は真っ先に奈津を見つけた。彼女は仲間達から少し離れた場所から状況を見守るためか、外れの様子を伺うように眺めていた。
 疾風は気配を隠す事なく彼女に近づくと、はやりと言うか彼女の方が、先に疾風に気が付いて振り返って来た。
「疾風?」
どうしたのかと言う風に少し首を傾げて風になびく紅い髪を掻き上げる。疾風はそんな彼女の顔を出来るだけ見ないようにしながらそれを告げた。
「父が……亡くなりました」
「兄さんが?」
その表情に驚きと悲しみが一気に駆け抜けて行く。
「はい。龍族の長と戦って、相打ち覚悟で最終奥義を使ったんです」
「そう」
と、気丈に振る舞おうとする仕草を見せるが、それには失敗した。彼女は何かを口にしようとしてためらわれ、そしてきゅっと唇を噛み締めていた。
 その奈津の瞳からは大粒の涙が零れて頬を伝って落ちた。
「ごめん、泣いてちゃだめだよね」
奈津は慌てて涙を拭って疾風に背中を向けてた。
「……ごめん」
何に対してのごめんという言葉なのか判らないはずはない疾風は胸が詰まる思いがした。
 そう、自分達はいつだって生死の境で戦いをしている。いつか誰だってこうやって死ぬ事はある。だからといって泣いて、悲しんで歩みを止める事など許されない。そういう道を選んだはずだった。

 それは自分達だって同じ事――――。

 でも、だからといって・・・自分の血の繋がった家族が失われて悲しくない、悲しまない者などいるだろうか?
「奈津さん」
疾風は彼女にゆっくり近づくと顔を覗きこむように回りこんでそのまま抱き締めた。
「疾風?」
「……僕が、父の意思を継いで必ずこの世界を幸せにします。―――しなきゃいけない」
「疾風」
力を込めてもう一度、抱き締めた後、疾風はゆっくり身体を離した。そして奈津の顔を見つめて疾風はしっかりとした眼差しを向けた。
「僕の力になってくれますか?」
その疾風の言葉に奈津は一瞬驚いた顔を見せたが、それでもやがてわずかに笑みを見せてうなずいた。
「当たり前よ。兄さんが居なくなっても迷わないわ。私達は覚悟を決めて戦う事を選んだのだから」
何を失っても、誰を失っても世界のために、世界の幸せのために戦い続けると―――。
 疾風はその彼女の言葉にうなずくと、奈津は改めて微笑みを返した。さっきまでの頼りない、はかなげな笑みとは違い、力強いしっかりとした意思を宿したいつもの瞳で。
「一度、村に戻り天人の長との戦いに向けて作戦を立て直しましょ。今回の戦いで多くの者が傷ついてしまった。それに龍族の長が倒れた今、天人は近い内に必ず動いて来るわ。この世界を我が物にしようと……」
「そうですね」
その日の夜までには仲間達が全てキャンプ地に戻って来た。いや、正確には「全て」ではない。またこの日でも何人かの仲間達が犠牲になった。そしてその中には疾風の父であり、自分達のリーダーでもある風馬も含まれているのだ。

 そのリーダーの死をこの夜、疾風の口から皆に知らせた。動揺や深い悲しみが広がる中、一度村へ戻る事を告げ、それに異議がない事を確認すると疾風達は明日の朝には旅立つ事にした。

 そして、疾風はその深い悲しみに包まれたキャンプ地にある小さな池のそばに、一人たたずんでいた。もう、夜も遅いというのに眠れなかった疾風は風に当たるためにここまでやって来てしまったのだ。

 周囲は静かだった。

 皆、戦いの疲れもあって眠っているのだろうか・・・?それとも―――。

「静かだかな・・・今日あったことが嘘みたいだ」
そう呟いた疾風の背後から何者かの気配がした。それと同時にパキっという枝を踏みしめた乾いた音。
 疾風は反射的振り返ると、そこには少女の姿があった。それはさっきの戦いの時に助けたあの少女の姿。
「あ・・・」
その少女は脅えた瞳を月明かりの中に光らせて身を強ばらせる。
「君はあの時の・・・。」
疾風が近付こうとしたら、少女は首を何度も横に振った。
「こ、こないで」
少女が怖がっている事がすぐに判った。無理もない・・・あんなに怖い思いをしたのだから―――。
 疾風は少しでも安心させてやろうと思い、出来るだけ優しい声で彼女に声を掛けた。
「怖がらなくても大丈夫だよ」
「嘘。私達、天人をどうする気?」
「?」
彼女の言葉の意味が良く判らなくて疾風は首を傾げるが、彼女の視線がある一点を見つめているのが判った。それは自分の耳。龍族の証である尖り耳。
「あ、そっか」
そのことをすっかり忘れていた疾風は苦笑した。そしてその自分の尖り耳を指差して彼女に向かって笑みを見せた。
「君から見たら、僕は龍族に見えるんだね」
「何を言ってるの?龍族のあなたたちがどうして助けたの?何が目的なの?」
脅えた瞳から強い困惑の瞳、そして怒りの瞳が覗く。
 疾風は小さく息を吐いて、彼女のその問いかけに応える事なく逆に問いかけを投げかけた。
「助けた事がそんなに可笑しい事?種族が違う者を助けてはいけない?」
疾風の言葉にその少女は困ったような表情をして視線を逸らした。
「だったら、僕の存在が一番可笑しい事だよ」
その言葉に彼女はようやく顔を上げて疾風に視線を向けた。それを疾風は優しい笑みで返してから話した。
「僕の父は龍族だけど、母は天人だから。僕はどちらの血も受け継いでいる。それに、君を助けた仲間は、龍族も天人も関係ないんだ。平和を願っている気持ちは同じだから」
そう言ってから、今度は真剣な眼差しを向けて疾風はもう一度、彼女に問い掛けた。
「君は、龍族が全て敵だと思ってる?」
「私だってわかってる……」
小さな、今にも消え入りそうな声だったけれど疾風にははっきり聞こえたその言葉。彼女はみるみるうちに瞳を潤ませてうつむいた。
「だけど、何を信じればいいのかわからなくて・・・ただ、逃げるしかなくて」
その言葉は彼女は『恨む』という感情以外の何かを表せていた。そう、彼女も自分達と同じものを信じたいと思っているのかもしれない。
「一緒に来ない?君が平和を望むなら……」
「……いいの?」
疾風の言葉に彼女は驚いたように目を開いて顔を上げた。そんな彼女に疾風は微笑んだ。
「もちろん」
平和を望む者は拒まない。それが父の思想だった。そしてそれは自分達の理想でもある。誰もが平和の中で幸せになる世界。それを築くための第一歩。
「僕は疾風。君は?」
「チア」
少女はそう言って初めて零れるような笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 村に戻り始めた疾風達は、大きな戦いに巻き込まれる事もなく無事に村に戻ることが出来た。
 故郷の村にたどり着いた疾風は仲間達が家族の元に戻って行く姿を見つめていた。
「疾風!」
そこに聞き慣れた声がした。視線を上げると人山から駆け寄って来る母親の姿を見つけた。
「母さん!」
母親のユリカは駆け寄って来るなり疾風の身体を思い切り抱き締めて来た。
「無事で良かった……」
「母さん。」
母の身体を疾風はゆっくり離すとまっすぐ顔を見られないまま言葉を紡ごうとした。
「父さんが」
「知ってるわ」
ユリカは気丈にそう言うと改めて疾風の身体を抱き締めて、顔を覗きこんで来た。
「母さん」
「そんな顔しないの。母さんは大丈夫よ。あの人は精一杯自分の意思を貫いたのだから・・・だから母さんの心配はしないで……ね?」
「うん」
気丈に微笑むユリカ。だが、そういう母親の気持ちを判らない疾風ではない。でも、それでもそれ以上は何かを言うべきではないと思った。

 

 疾風は翌日、村の皆を集めた。リーダーである父、風馬が亡くなったということで不安や悲しみに暮れている人々に向かって疾風は力強く言葉を発したのだ。
「父、風馬が亡くなり、皆も不安だと思います。正直、父の死は憎むほど悲しい」
村の皆にどよめきと悲しみの空気が流れる。
 だが、疾風は凛とした声を張り上げ言葉を続けた。
「だけど、自分も誰かの最愛の人を奪っている事も事実。だからこそ許せる強さを持たなければなりません」
疾風は剣を掲げた。空に輝く太陽の光に反射してまぶしい光を放ち輝いた。
「父、風馬の意思を継ぎ僕が平和に導きます。だから、どうぞ僕に力を貸して下さい。皆で平和な世界を作りましょう!」
その言葉を受けて、村人達の「おお〜」という声が響き渡る。
 その声の中、一緒に訓練を受けてきた武流が一際声を上げた。
「頑張れよ、疾風。俺たちはお前の力になるからな!」
嬉しく、心強い声にうなずくと、隣に立つ奈津が肩を叩いてきた。
「そうよ。必ず創りましょ、平和な世界を」
「ありがとございます」

父を失った悲しみは消える事はないけれど、自分達は進むしかないから・・・。

 

不安もあるけれど、でも自分にはこんなに心強い仲間がたくさんいる。

 父の遺志を受け継ぎ、戦いを続けようと頑張ろうとしている人達がたくさんいる。想いを同じにしている者達がたくさんいる―――。

 

父さん、僕は必ず あなたの遺志を継いで

あなたのように強くなります

心強い仲間達を見つめ、疾風は決意を新たにした。


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