| 第二章 水の都に住む魔女の試練
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どうしていきなり、こんな事を言い出したのだろうか?
レティルは右手に持つ木刀を見つめて思った。
修練の相手をしろだなんて、今まで言ってきた事などなかった。
「なんで、急に」
木刀を見つめてレティルは小さく呟いた。
彼が意味もなくこんな事を言ってくることはないだろう。
剣を持つことをやめて八年。あの日以来、ほとんど使っていない剣術は相当さび付いているだろうから、彼の相手をまともに出来るか判らないのに。
それを彼だって知っているはずなのに。
「レティル、一応言っておくけど、魔法はナシだぞ」
木刀を空に向けて振り回すようにしてガイは声を上げた。
「判ってるよ」
何か意味がある。レティルはそう思うが、それがどういう意味なのかまでは理解できない。
「レティル、ガイ、頑張れよ〜」
声の方に視線を向けると、ウィルトが木の下で呑気に声援を送っている。
ウォアもそんなウィルトの横に立ち、腕を組んでこちらを見守っている。
「じゃ、始めようぜ」
手に持った木刀をひゅっと振るい、ガイはしっかりと両手で握り締め直す。
「うん」
とりあえず、どういう事なのかは判らないままだが、今は彼の言う通りに相手をするしかなさそうだ。
そうすることで彼の意図も見えてくるかもしれないからだ。
「では、私が判定しよう。両者構え」
ウォアの声を受け、レティルとガイは手に木刀をそれぞれ構える。
久しぶりの両手の感触と重さを握り締めてガイを見る。彼は片笑みを浮かべ、余裕ありげな表情でこちらを見ていた。
「……始め!」
ウォアの合図で二人は同時に動いた。
甲高い木刀がぶつかり合う音。
ガイの上段から振り下ろされる木刀の刀身をレティルは中段で受け止め、払う。
弾かれた木刀をガイは一瞬の間の後、切り返し横に一閃してきた。振り払うように伸びる刀身をレティルは後ろに飛び退いてかわす。
だが、ガイはそれを追うように迫り木刀を振り下ろしてくる。
―――は、早いっ!
レティルが思っているよりも、ずっとガイの動きは早かった。
振り下ろされる木刀を何とか受けて防ぐ。それが精一杯。
防戦一方になる。
ガイはレティルの動きを的確に読み、追い、木刀を振るい、攻撃を仕掛けてくる。
レミューで再会し、それから共に戦ってきた。だから、自分なりに彼の実力は理解しているつもりだったが、こうして相手をしてみてはっきり知る、その実力は自分が見て予想しているものよりも断然上だ。
動きの的確さ、一瞬の判断力、早さ、どれをとっても他の誰よりも上だろう。 一撃がとても重く、力もある。
ウォアは甘いと評価した踏み込みもレティルにしてみれば、そうは感じない。自分を追い込むには充分なのだ。
おそらくウォアだから『甘い』という指摘がなされるのだろう。彼女は見た目も、性質もそうは思えないが、かなり戦いなれている様子だ。
何より彼女とは生きている長さがまったく違う。
―――防ぐので精一杯じゃないか、これじゃ。
もし、ブランクがなかったとしても、敵わないかも知れない。
「……っ」
木刀で打ち合うたびに甲高い音が響き、同時にレティルの腕に衝撃が走る。
このまま打ち合っているだけでは一方的で、しかも、それだけでも疲れてしまう。
傍で見てきたよりも、こうやって対しているほうが強さを感じる。
下段から振り上げられる木刀をレティルは横へかわす。
そんなレティルを追う木刀の刀身を、自身の持つ木刀で受け跳ね上げると、ガイの身体が一瞬だけ、がら空きになる。
チャンスだと判断したレティルは深く踏み込んで横一閃に払った。
しかし、それは彼の身体を捉えることなく空を切る。
「な……っ」
視界から、ガイの姿が消えた。
同時に風を切る音がする。
ガイの身体はレティルの背後にあった。レティルの攻撃をかわすのと同時に背後に回りこんでいたのだ。
「くっ!」
迷う事なく木刀を振るうガイ。そのスピードは早い。このまま受けても次の行動に移れる保障はない。
レティルは咄嗟に木刀を地面に突き立て、それを支えにして身体を持ち上げるように飛び上がり、くるりと後方に一回転する。
「さすがっ」
そのレティルの動きを見たガイが口元を歪めて感嘆の声を漏らした。
「どうも……っ」
ガイの一言にレティルはそう応え、再び木刀が交わる。
甲高い木の音が何度も響く。
八年という歳月は確かに流れていた。それをレティルは剣を交えながら痛感した。
あの子供時代、一体誰が予想しただろう。
少女のような面差しをした少年が、これ程までに剣を使いこなす実力を身に付けるだなんて。
打ち込まれる太刀筋は迷いなく、的確だ。よほど良い師に恵まれたに違いない。
放たれる太刀をレティルはかわす。だが、無理な体勢での行動だったので、 足元を滑らせてバランスを崩した。
そんなスキをガイが見逃すはずはない。
レティルの懐に入りこんだガイは深く踏み込んで、そのままの勢いで木刀を打ち込んできた。
風を切る音が鼓膜を揺らせる。
一気に深く踏み込まれたレティルは身体を引くが、バランスを崩した無理な体勢のまま。
そんな状態でガイの攻撃を木刀で受けたために力の均衡が保てなくなり、後方へ倒れこんでしまった。
「あっ……」
手を付き、上半身を起こして顔を上げた時にはガイの持つ木刀の切っ先が目の前に突きつけられていた。
「そこまでだ」
ウォアの凛とした声が響いた。
吹き抜ける風が周囲の木々を揺らし、葉擦れの音が静けさの中にする。
ウォアの声を聞いたガイは木刀を下ろしてニッと笑った。
「俺の勝ちだな」
「すげ〜」
見守っていたウィルトは感嘆の声を上げて駆け寄ってきた。
青い瞳を輝かせて、興奮冷めやらぬ様子だ。
「すげぇよ、話で聞いていただけだけど。レティルも全然ガイに負けてないじゃん!」
「負けて、ない……ね」
互角だなんてとんでもない。剣術だけならば実力の差は明白だ。
もちろん、レティルが魔法を使えば互角だろうけれど。
これほど差があるのかとレティルは改めて彼の実力を知った。
剣じゃ、まったく相手にならない。
「まったく、強くなったね」
自分が思っていたよりもずっと。
彼の勇者アーティアの血を受け継いでいるのだから、天性の才能はあっただろう。だが、彼の幼少の頃はとても大人しく、そんな才は一向に見受けられなかった。
そんな彼が、これほどまでの強さを手にしたのは……。
「レティル」
呼びかけられ、レティルはガイを見上げた。彼は目を細めて微笑んでいた。
「俺は、自分でこの道を選んだんだ。この道しかなかったからじゃない。誰かに強制されたわけじゃない。自分で選んだ道だ、だから、後悔はしていない」
もし、あの悲劇が起こらず、そのまま成長していたら、この青年は一体どんな青年になっていたのだろう。もしかしたら、まったく別の道になっていたかもしれない。
それでも、彼は今の自分を後悔はしていないと言い切る。
彼の振るう太刀筋がそれを証明している。
剣を持つ事を強制された者の剣ではない。自分の存在を自分で確立し、覚悟を決めている者の強さを持つ剣だ。
自分自身でそれを選び、自分自身が強さを欲したからこその、彼の強さだ。
そうか、レティルはこのとき知った。
きっとブランクがなくても勝てない理由。
違うのだ、決定的に、心根が。
レティルは勇者の国に生まれ、それにふさわしい王族として生きるために強くならなくてはならなかった。
剣術も魔法も、何もかも全て、身に付けて強くならなくてはいけなかった。
自身が望む望まないという意志は、そこには存在していない。そうするしかない、決められた道だったからだ。
だから、違う。
自分で道を選んだ者の覚悟と強さだ。
不意に影が振りかかり、レティルは反射的に影が伸びてくる方に視線を上げた。
すると、ウォアが目の前に立っていた。
彼女は穏やかな笑みを浮かべたま、レティルの紫の瞳をまっすぐ見つめてくる。
「どうやら、ガイの思惑通り、ちゃんと読み取ったようだな」
「はい」
レティルは素直に頷いた。
ガイは伝えたかったのだ。レティルに足りないものと、ガイの自分自身の強さと自信を。
そして……。
「ガイ、ウィルト」
レティルの呼びかけにガイとウィルトは視線を向けてきた。それを受けながら、レティルは自分の中にあるものを吐露する。
「俺は、ずっと王子として生きてきた。国を失っても今までずっと。だから、自分の弱さを誰かに見せるとか、誰かに頼るとか、うまく出来ないんだ」
一国を担う者の光景として。強くならなくてはならない。弱さを見せてはならないと言われ続けてきた。だから、誰かを頼るという事、誰かに弱さを見せるという事が今まで出来なかった。
だから、レティルはそういう事がうまく出来ないのだ。
「じゃ、とりあえず」
ガイはそう言うと、レティルの前に手を差し出してきた。
何かと顔を上げると、彼は屈託のない笑顔を向けている。
「俺たちのことを信じてみることから始めてみないか?」
「え?」
「この先、何があっても、どんな事が起こっても、たとえ、世界中を敵に回したとしてもな、俺たちはお前の味方だから。だからそれを信じてくれるだけでいい」
「俺も、一緒に戦う、絶対戦う、決めたから! 役目があって、それがなんでも、絶対最後まで一緒に戦うって、今、決めた!」
ウィルトがそう、力強く言う。
なんだ、そうか……。
レティルは今更ながら、知った。
なんだ、難しいことなんて何もなかった。
「あはは……そっか、そうだね」
気がついてみれば簡単なそれに、レティルは笑いを漏らした。
自分には信じてくれる存在がいる。
全てを敵に回しても、それでも信じてくれるという者達がいる。
何も恐れることはなかった。たとえ、恐怖で足が竦んでも、背中を押してくれる存在が確かにいるのだ。
そう、自分はもう、たった独りで戦うことなどない。
レティルは大きく息を吸い込んでから、それを空になるまで吐き出した。
見上げる空はどこまでも青い、抜けるような空。
心の重圧に、いつの間にか見上げることを忘れていた。見上げて、周囲を見れば、自分には支えてくれる存在が確かに存在したのに。
頼る事がうまく出来なくても、どうしていいのか判らないとしても、自分はただ、差し伸べられる手を掴むだけで良い。
たとえ、何度倒れても。
「うん、ありがとう」
レティルは笑顔を向けて、差し伸べられたガイの手を掴んで立ち上がった。
「もう、大丈夫だから」
ガイとウィルトに視線を向けて、レティルは微笑んだ。二人も同じように微笑んで顔を見合わせる。
そんな三人にウォアは笑みを向けて告げた。
「明日、もう一度、最後の試練を与えよう。失敗はもう、許されないが……今のお前たちならば大丈夫だろう」
再度の試練。
次の失敗はないという。
しかし彼女の言葉にもレティルは臆する事なく、彼女の黒曜石の瞳をまっすぐ見つめて頷いた。
「はい」
もう、大丈夫。
もし、不安で恐怖で押しつぶされそうになったとしても、それを支えてくれる者がいる。
闇から引っ張り上げてくれた、大切な仲間がいる。
だから、レティルはもうためらうことはなかった。
明日、再び試練を受ける。
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