| 第二章 水の都に住む魔女の試練
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西の大陸、最北端の国であるノエリュー王国を旅立ったレティルとガイ、そして新たに加わった銀狼のウィルトは南の隣国、ヴァイナ王国へと足を踏み入れていた。
ノエリュー王国に向かう時に使っていた馬車は国境の町ロルナトゥの宿に預けていたのだが、その馬車はノエリューからレミューへ帰国するレミュー師団に引き取ってもらう手はずになっている。
そのまま使うことをレミュー師団の師団長であるガルザは快く承諾してくれたのだが、本来の目的を果たした後、別件で動く自分たちレミュー王から手配された馬車を使うわけには行かない。なので、ガルザ師団長の心遣いを丁重にお断りしてきた。
それに徒歩で困るというわけではなし、逆に言えば馬車より徒歩の方が小回りが利くということである。
かくして、レティルたちはロルナトゥの町を経由してトゥル湖の南側にあるヴァイナ王国の城下街にノエリュー王国を出発して二日半ほどで到着した。
ヴァイナ王国は中の下に位置する国。決して大きくもなければ小さくもない。しかし、兵力はレミューに劣るもののそれなりのものを保持している。その証拠に北の隣国であるノエリュー王国に兵士を援助しているのだから。
それに加え、地理的にも難しいのだろう、邪神軍も派手に侵略の手を伸ばしてこないようだった。
「すげ〜。ノエリューなんか比べ物にならないな」
ヴァイナ王国の城下街は行き交う人々の活気で賑わっていた。
その様子を見た銀狼(のウィルトは物珍しそうにぐるりと周囲を見回している。
ウィルトが覚えている範囲ではノエリューの北にある、ザムノ山から出た事がない。見るもの全てが新鮮なのだろう。青い瞳を好奇心で輝かせながら街を見つめていた。
ヴァイナ城下街は他の街にはあまり見られない水路が縦横無尽に張り巡らされていた。
どうやら目の前にトゥル湖から水を引いているらしい。水路を利用して生活物資や武器を街中の隅まで運搬している様子だった。
「さすが、水の国と言われるだけあるな」
ガイが左手を腰に当てて水路を行き交う船の様子を見ている。
この大陸の最南端レミュー王国と、このヴァイナ王国の間にある国、エルウェト王国にも湖はある。しかもウェストル大陸で最大の。
しかしその湖、ニューズ湖は周囲を守に囲まれていて人が生活に利用するには地理的に難しいのだ。
その点、このヴァイナ王国の城下街はうまく湖を利用できているわけで、故に「水の国」などと称される。
レティルもその素晴らしいまでの水路ある、美しい町並みを眺め、一息ついてからガイとウィルトに視線を移した。
「とりあえず、ギルドへ行ってから宿の手配をして食事にしようか」
街に到着し、もう陽が大分地平に近くなっている。今から動くにも中途半端なので、どうせならここで旅の疲れを一度取り、そして人と情報が多く集まりやすい夜に聞き込みをしてみようというのがレティルの考えだった。
レティルの言葉にウィルトがさらにご機嫌なようすで白い尾を左右にリズム良く振る。
「ごはん、ごっはん〜」
「よ〜し、メシだメシ〜」
大きく両腕を振りながらガイは声を上げ、ウィルトを連れ立って先に歩き出した。
なんだか、似たもの同士だなと、レティルは独り言を零してみるが、もちろん前を歩く一人と一匹には聞こえるはずはない。
そんな彼らの背中を見つめながらレティルは遅れて歩き出した。
ガイとウィルトは何か談笑をしながら歩いている。内容までは聞き取れないがとても楽しそうである。
昔から、ガイはよく動物と楽しそうに戯れていた。まだ、二人とも王子として毎日を過ごしていたあの頃である。
ガイは今とは正反対の性格だった。物腰は静かで穏やか。戦事は一切駄目で、毎日古文書や伝記など本ばかり読んでいたという大人しい子供だった。
いつもレティルの国へやってくると城の中庭で、集まってくる小動物や小鳥たちと遊んでいる姿を目にしたものだった。
そんな彼が、これほどまでに変わらなければならなかったのは無力な子供のままではいられなくなったから。
自国を、家族を、友を、全てを失い邪神軍がはびこるこの世界で生きるには力が必要だ。そして失った勇者アーティアの血族としての誇りと使命を受け継ぐためにはそれしかないからだ。
自らが望んで変わったのではなく、変わらなければ生きていけなかったのだ、彼は。
「レティル、どうした?」
先を歩くガイがウィルトと共に足を止めて少し首を傾げて目を細める。
「疲れてるのか?ぼーっとしてると置いていくぞ」
「あ、うん。判ってるよ、今行くから」
もし、世界が平和なままだったなら。
自分たちはどんな道を歩き、どんな大人になったのだろう?
もしを仮定したところで過去が変わるわけではないけれど。
レティルが犯した、誰にも言えない罪が消えるわけではないけれど―――。
ギルドへ出向き、自分たちの成果を報酬に計算してもらう。
師団登録しているため金額は平等に分けられる事になっているし、もちろん共通のギルド専用の口座にまとめて預ける事も可能になっている。
レティルたちは個人の口座以外に師団用の口座を作りまとめている。その方が勝手が良いし、レティルたちは上級ハンターであるが故に報酬は高額だ。お金に困るようなことはない。なのでまとめて必要な時に必要な分だけを出すという方法が合っているのだ。
という事でなので報酬の計算のため、それぞれ身に着けているブローチ状の証明であるカウルを提出し、カウルの中心に埋め込まれている宝石が記憶している戦いをギルドにある専用の読み取り機で読み、ギルド職員が計算してくれるのだ。
レティルたちもそうやって報酬を確認し、モンスターを倒した分の金額を計算してもらい、支払ってもらうと、必要な分だけの金(をもらい、それ以外の金(は口座に預けた。
そして、ギルドを後にしたレティルたちは水路に掛かる石橋を何度か渡り、街の南側に位置するハンター専用の宿に向かい、部屋を取った。
部屋は大きめの広さで、ベッドは二つにソファーが一つ。そしてご丁寧にもモンスター用のベッドまであった。
「さすがと、言うべきかな?これは」
ノエリューの城下街にあるハンター専用の宿は決して大きくはなかった。それは国が大きいわけではないし、モンスター以外に何もない国であるからハンターもそうそうの数訪れるわけではない。
そういうことから宿も小さいし、設備も必要としないから、設置されていない部分が多い。
だが、このヴァイナ城下街は街並みもレンガ造りで、水路もあって大きな街だし、レミューには適わないまでもギルドもそれなりに大きい。
「俺、これ使って良いの?」
ウィルトが小さなベッドに白い四肢で歩き近づくと、前足で小さいベッドを指して首を傾げてきた。
「もちろん、それはウィルトのベッドだからね。今夜はそこで寝ると良いよ」
「やった〜」
素直に喜びを表現してウィルトはベッドに白銀の身体を投げ出した。
「あ、ガイ。ウィルトの服を脱がしてやって。今日はもう街から出ないから」
「おう、ほら、ウィルト、寝ころがってないで起きろ。服脱がしてやるから」
「うん、ありがとう」
ガイがウィルトの服を脱がしてやると、ウィルトはためらう事なく礼を言う。
まだ、出逢って日にちも経っていないわけだが、判った事がある。
ウィルトはどんなに些細なことでも、何かをしてもらったら礼を言うのだ。それに、どんなに小さなことでも迷惑をかけたりすれば謝る。
一体誰に教えられたのだろうと思うが見当も付かない。ザムノ山の精霊がここまで細かく人間社会の事を教えられるのか疑問である。
そんなことを考えながら、レティルもマントとローブを脱いで身軽な服になる。見るとガイも鎧と剣を外し、身軽な格好になり、後ろで括っている金色の長い髪をほどいた。
「あー、やっぱり下ろしてる方が楽だ」
ほどいた髪をわしわしとかき回し、ガイは息を吐いた。
子供の時が腰の近くまであった長い金色の髪は、今、肩より少し下ぐらい。
手櫛で髪を整えるガイの姿にレティルは思い出したように疑問を口にした。
「思ったんだけど、髪、短くすれば良いのに。その方が楽じゃない?」
「そうなんだけど、なんか短いと短いで落ち着かないというかなんと言うか。ま、昔の名残だ」
名残って言葉の使い方を間違っている気がすると、レティルは内心思ったが、口には出さなかった。
「さぁて、メシに行こうぜ。腹減ったしさ。大通りに結構大きな食堂があったから、行こうぜ」
明るい口調でガイは言い、屈託のない笑顔を見せた。
そういう顔は昔と変わらないな〜と、レティルは思いつつ、ガイの言葉に頷いた。
「そうだね。それで、夕食の後に酒場に出向いてみよう。何か面白い話が聞けるかもしれないしね」
基本的にどの街に行っても、情報が集まる場所というのは決まっている・
大方はギルドにいるハンターたちや夕刻を回ってから回転する酒場に集まる地元の人たち、ギルドに属さない冒険者たちである。
その酒場に集まる情報の中には意外なものが聞ける事が決して少なくはない。
なので、ハンターたちは頻繁に酒場を利用するのだ。
ということで、レティルたちは夕食を大通り沿いにある大食堂で摂り、酒場が賑わう時間に合わせて向かった。
酒場はやはり街の中心地にあり、食堂からさほど離れていない場所にあった。
街に似合う白いレンガ造りの大きな二階建て。どうやら地下まであるらしく、一階がごく普通の酒場。地下にはステージがあり、そこで演じられるステージを見ながら酒を飲むというらしい。二階は高級感の溢れる仕様になっていて、どうやら気分や用途に合わせて楽しめる酒場らしい。
こういう酒場はとても珍しい。大きな街でもあまりこの規模の酒場は存在しない。
こんな大きな場所なら人の出入りも激しい、それなりに情報を得られそうだ。
レティルたちは迷う事なく中に入りカウンター席に座る。
「いらっしゃいませ、ご注文は」
注文を訪ねてきたのは男性の店員だ。白いシャツに黒い上着。赤いネクタイをしている清潔感の溢れる男性だ。
「ガイ、どうする?」
「俺、グルプ酒。ウィルトは牛乳の方がいいだろ?」
「うん。大体、俺は酒なんて飲んだことないし」
ガイの言葉にウィルトはそう応える。
それはそうだろうな、とレティルもガイも思う。あったらそれはそれで問題な気がしないわけではない。
「レティル、お前は?」
「俺、飲めないの知ってるだろ?」
「……じゃ、俺はグルプ酒でこっちはカルの実酒の水割り、こっちの白い犬には牛乳で」
「犬じゃね〜!」
ガイが犬などと言ったためにウィルトは吼えるような勢いで否定する。
確かに、銀狼だと少し知っているものならすぐ判るだろうが、モンスターに詳しくない、一般の者なら白い犬にしか見えないかもしれない。
レティルは的確なガイの表現に思わず吹き出した。
「レティル〜、なんで笑うんだよぉ」
ウィルトは不満ありありという表情でレティルを半眼で睨み付けるが、あまりそこに悪意はないらしい。どちらかというと拗ねた表情だ。
「ごめんごめん、ガイがあまりに適切な表現で、つい」
「だろ、俺には文才があるのだよ」
胸を張るガイにレティルはそれもちょっと違う気がするんだけどと呟くと、ガイはそうか?と笑って返した。
そんな話をしていると、レティルたちの前に注文したものが運ばれてくる。
ガイが頼んだグルプ酒はこのアーティアの地で最も良く取れる、赤い小さな果実を発酵させて作った最もポピュラーな酒である。
レティルが頼んだカルの実酒は青い木の実を他の酒の中に漬けて作る、こちらもこの世界でどこでも飲める酒であるが、こちらは家庭でも作られるほどの弱い酒である。
「意外だよね……」
レティルは目の前にあるカルの実酒に手を伸ばしながら呟き、ガイに視線を向けた。
「ガイがお酒、強かったなんて」
「俺にしてみればお前が弱いって言うのが意外なんだけど」
そう切り替えされてレティルは苦笑した。
そう、レティルは酒が苦手、というか弱いのだ。カルの実酒はアーティアの世界にある酒の中でも最も弱いぐらいの酒だ。それを尚且つ水割りにして飲むぐらいなのだから、相当弱い。
それにぐらべて、ガイは結構飲む。結構というか、かなりの酒豪と言ってもいいだろう。これがまた相当強いのだ。
まぁ、こればかりはある意味体質的なものもあるだろうし、仕方ないのだろうけれど。
オーダーを出した店員の男は洗い終わったグラスを白い布で拭いて磨いている。
そんな店員にレティルは話しかけてみた。
「この国になるトゥル湖で何か噂を聞いた事ないですか?」
「噂というのは?」
「不思議な事が起こるとか、そういう類の」
「不思議な、事ですか?私はわかりませんが、あちらのテーブルの方なら何かご存知かも知れませんよ」
店員はそう言うと、奥にある窓際のテーブル席を掌を上にして示した。
そのテーブル席に座っているのは小太りの中年男性と、小柄の青年だ。見た感じ親子に見える。
「彼らはトゥル湖のほとりにある村の親子です。月に一度、この街へやってきては村の物産を売って、必要なものを仕入れている、いわば商人の親子というところでしょうか」
「湖の、村」
「ええ、トゥル湖の西側にあるシェーフの森との間にある名もなき小さな村です」
世界は広い。レティルたちハンターはギルドから地図を配布されるが、その地図も世界の全てを記載しているわけではない。世界には数多くの名もない小さな集落のような村が多数ある。それに地図に載らないような洞窟や祠などたくさんあるのだ。
なのでレティルたちが知らない場所がまだまだ世界にはたくさん存在する。
レティルは店員に礼を言うとガイとウィルトに視線を向けた。
「俺が聞いてくるよ」
そう告げると、レティルは立ち上がり、そのテーブル席へと向かい、席の男たちに声を掛けた。
「楽しんでいるところ申し訳ないですけど、トゥル湖の村の人たちですよね?」
「そうだが、なんか用か?」
小太りの男が、酒を片手にレティルを見上げた。
その眼差しはいぶかしむようなものだ。その眼差しはいきなり声を掛けてきたレティルを何者だといっている。
そんな眼差しを受けながらレティルはニコリと笑って見せて男たちに尋ねた。
「ギルドのハンターです。今、トゥル湖のことを調べているんですが、なにか不思議なことが起こるとか、精霊が住んでいるとか、そういう話を聞いた事はありませんか?」
「精霊っていうのは知りゃせんがなぁ……」
唸るように腕を組む小太りの男。その向かいに座っている息子である小柄の青年が口を開いた。
「精霊というのは判りませんが、うちの村には魔女さまがいます」
「魔女?」
思わずレティルは声をあげ、ガイを振り返った。彼にも会話の内容は聞こえているのだろう、レティルと視線が合うと、目をしばたたかせ少し首をかしげた。
魔女とは文字通りである。それは太古の昔、まだこの世界に魔法というものが知られていなかった時代に、最初に世界に魔法というものを知らしめた女の人を示す言葉だ。
だが、それは太古の昔の話で、古文書や伝記として残された文書を目にした事があるだけ。もちろんはるか昔のことでもうその女性は亡くなっているだろう。
「魔女さまは村を守ってくださってるんだ。それこそ大昔から。でもその姿は二十歳ぐらいの若いまま、悠久の時を生きていると言われていますが」
もし、その古文書に残されている魔女と村にいるという魔女が同一人物なら、その魔女は何かしら八大精霊に関わっているかもしれない。
「その村の場所、詳しく教えてくれませんか?魔女に会って聞きたい事があるんです」
レティルたちはまだ数日、この街に留まるという村の親子に詳しい場所を聞き、翌日さっそくその湖に旅立つことにした。
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