ブレイブバスターズ

第二章 雪女の呪いと銀狼の涙

***   11   ***

 新たに、銀狼のモンスターであるウィルトを仲間にしたレティルとガイはザムノ山を下山することにした。
 その途中、中腹辺りで氷漬けになっていたレミュー師団と遭遇した。
 どうやら精霊が消滅したことで氷の呪いが解けたらしい。
 師団は山頂から降りてきたレティルたちを目にして最初は警戒し、戦闘をけしかけられそうな勢いだったが、レティルの持つレミュー王の初婚とギルド所属のハンターである証明のカウルを提示することで態度を一変させた。
 無礼を素直に詫びた師団兵たちに、レティルは起こっていた事の真相を告げた。
「そうですか」
話し終え、口を開いたのはこのレミュー師団をまとめるガルザ師団長だった。
 身体の大柄で、筋肉が程よくついている、戦い慣れしている風な男性だ。年齢は中年だろうが、それを思わせない、良い身体つきをしていることを考えても相当な訓練を積み、実戦をこなしているのだろう。
「それは助かりました。なんと礼を申し上げるべきか」
「いえ、僕たちは大して役に立ててませんでした。本当にこの事態を打破する事が出来たのは銀狼であるウィルトのお陰なのです」
レティルとガイだけではもしかしたら事態は悪化していたかもしれない。最悪精霊の手に自分たちまで氷漬けになっていたという事だってありえるのだ。
 しかし、あの状況で膠着しそうな、あの状況を打破してくれたのは他でもないこのウィルトだ。
 最後まで信じあった者と正面から向き合い、逃げる事なく立ち向かったこの心優しき銀狼のお陰だ。
 褒められている事が判ったらしいウィルトとは白い耳を下げ、明後日の方向へとその青い眼差しを向けた。
「ところで」
レティルは最後まで残されていた目的を確かめる。
「この師団にティムという若者がいるはずなのですが」
「僕です」
栗色のざんばらの髪をした青年だ。金色の瞳がしっかりとした光を宿すが、まだ幼さが少し残っている。その瞳は大きくてはっきりしているのが確かにレミューの宿にいる女将のマールタに良く似ている。
「君がティムか。マールタを知っているね?」
「はい、母です。母が何か?」
ハンターの、しかも滅多にお目にかかれないS級でレミュー王と顔見知りであるハンターであるレティルの口から母の名を聞けば、確かに驚くだろう。
 その証拠にティムは困惑した目を自分たちに向けていた。
「ああ、大丈夫」
慌てて否定したのは、まだ顔色のあまり良くないガイだった。
「マールタは相変わらず元気で宿を切り盛りしているから心配しなくていいって」
「はぁ」
じゃ、どうして?と瞳が問いかけていた。
 無理もないことだとレティルは心の中で呟き
「君の名前を利用されたんだ。それでマールタがとても心配していてね。ああ、利用されたって件はもう粗方片付いているから心配しなくても良いよ。でも、レミュー国内は大変なことになっていてね」
と、事情を説明し始め、レティルはレミュー国内で起こったことを師団兵たちに話した。
「なんと、パドラ様が、邪神軍に加担していると……?」
流石にすぐには信じられない様子だった師団兵たちはレティルの話に動揺していた。
 自分たちが遠征でここまで来ていて、挙句に氷漬けにあっている間に自分たちの国がそんなことになっていれば、誰だって信じられないだろうし、信じたくはないだろう。
 だが、やがては知る事実であるし、国に戻ってから事情を王から聞くよりはここである程度心の準備をしておいた方が良いだろう。
「とにかく、師団の皆さんはレミューへお戻りください。国の情勢も今は危うい。いつまたパドラが姿を現し王の命を狙うか判らないのですから」
「判りました。ですが、村の様子も気になりますので、自分たちは麓の村の様子を確認してからノエリュー王へ報告し、それからレミューへ戻ることにします」
任務を終わらせてからレミュー王国へ戻るというガルザ師団長の言葉はさすがというべきだろうか。
 国の一大事にも与えられた任務を完了させてから戻るという意志。任務に関しての意識はすごく高いと思う。
 ガルザ師団長はまだ動揺する兵士たちに声を掛けると下山の指示を出した。
「俺たちも行こうか」
レティルたちも下山し始める師団たちに続いてザムノ山を下山した。

 山を降りる途中でレミュー師団と別れ、別のルートで下山したレティルたちはその足で師団たちより先にノエリューの城下街に向かった。
 村の様子が気にならないわけではなかったが、師団が確認してくるというので自分たちがわざわざ出向く必要もないし、ウィルトの姿を見て抱く心情も複雑だろうから、今は姿を見せない方がいいだろうと自分たちはノエリューへ直接戻ろうと判断したのだ。
 夕刻、街へ到着し、レティルは先にギルドへ向かう事を提案した。
「ギルドへ行って、ウィルトの登録しないと街中で動けないからね。ガイはどうする?先に宿を取って休んでる?」
「そうさせてもらおうかな」
頬を掻く仕草をしてガイは目を細めた。
「正直言うとフラフラだったりする」
と、苦笑をもらした。
 確かにそう言うガイの顔色はあまり優れない様子だった。
 それでも山頂から街まで、途中モンスターに遭遇しながらも、それを思わせないそぶりだったのはさすがと言うか、頑固というか……。
「じゃ、俺とウィルトはギルドに行ってくるから。宿の手配は頼むね。ウィルト行こうか」
白いふさふさとした頭を撫でてレティルはウィルトを先へ促した。
 先に促されたウィルトは白い尾を一振りし、レティルを振り返り青い瞳を瞬いた。
「ギルド?」
「そう。まぁ、何がどうとか、どういう所だとか言うのは道すがら説明するから」
と、レティルはガイを振り返り、宿はよろしくと声を掛けて陽が暮れ始めた街を白銀の狼を連れて歩き始めた。

 レティルはウィルトを連れてギルドにやってくると口髭を生やした身体つきの良い男が座るカウンターで声を掛け、ある用紙を貰った。
 それにレティルは記入を済ませ提出する。
 その横でウィルトは大きな耳と尾を動かしながら、お座りをして大人しく待っているが、その眼差しはなにやら興味津々な様子だ。
 その大人しく待っている銀狼にギルド内にいるハンターたちは好奇の眼差しを向けている。
 そりゃそうだろうなと、レティルは心の中で呟いた。
 レアモンスターとしてギルドに登録されている銀狼がここでこうしてしかもご機嫌な様子でいるのだから注目されるのは当たり前だ。
「ほら、終わったぞ」
カウンターの口髭の男が声を上げ、新しいカウルを差し出した。
 そのカウルはレティルたちハンターが身に着けているものと同じだが、中心にある石の色がハンターのランクに存在しない黒い色だった。
「しかし、あんた魔道士だろ?魔物使いでもねぇのに銀狼を従わせるなんざ、噂に違わん奴だな」
「んー……まぁ、こいつは特別でね」
と、感嘆する口髭の男にレティルは苦笑を返し差し出されたカウルを受け取った。
 そのカウルはレティルたちの持つブローチではなく、首飾りになっていた。
 レティルはそれをウィルトに首にかける。
「はい、これで君は俺たちの誰かと一緒なら自由に歩けるようになるよ」
「へぇ」
起用に後ろ足だけで立ち、前足で首にかけられたカウルを取り興味深そうに見つめる。
 お、意外に器用なんだとレティルは感心しつつ、ウィルトに説明してやった。
「それはギルドに登録した無害なモンスターの証明なんだ。元々は魔物使いって言ってモンスターを操る者たちのためのシステムなんだけどね。そのカウルを首から下げておけば間違って他のハンターに襲われる心配もないし、行動の自由もきく」
ギルド所属のハンターの中には稀の才能を持ち、モンスターを操る者もいる。そういうもの達は魔物使いと称される。決して数は多くはないのだが。
 その魔物使いたちは様々な方法でモンスターを手懐け、操り戦うハンターとして所属している。
 なので、魔物使いが操るモンスターが他のギルドのハンターたちに狙われないように、魔物使いが従えるモンスターが一緒に街の施設を利用できるようにと、ギルドはその魔物使いたちのモンスターが無害であると証明しているのである。
 もちろん、その登録にはハンター自身の実績とレベルが問われるのであるが。
 レティルはS級ハンターという最上級位を保持しているので、魔物使いではなくても特例で承認される。
 それが最上級位ランクの特権の一つである。
「これで、俺たちと旅をしてても気兼ねすることなんてないからね」
そう笑いかけるとウィルトは四肢を地に着け嬉しそうに目を細めた。

 レティルは宿に戻る途中、夜の街へ出向きウィルトに魔法加工を施した皮の服を買ってやった。
 もちろんモンスター専用のもので、ウィルトには鮮やかな深緑の葉を思わせる色のものを選んで身に着けてやる。
 そして、新鮮な果物とパンなどを買い込んでから、城門を番する兵士に王に明日一番での面会を申し込んで宿に戻ることにした。

「ただいま」
「お。おかえり」
宿に到着し、ガイが先に取った部屋に行くと、ガイは鎧を外し、身軽な服装で髪を下ろしていて、くつろいだ様子でレティルたちを出迎えた。
「はい、お土産」
そう言うとレティルはガイに買ってきたものを手渡す。
「お、うまそうだな」
中を覗き込んだガイは袋の中に手を突っ込んで赤い果物を一つ取り出して頬張った。
「お〜、ウィルト、良い格好だな」
後ろから気後れする様子で入ってくるウィルトの姿を見つけたガイが顔をほころばせながら目を細めた。
「なんつーか……馬子にも衣装って感じだな」
「まだ、馴染んでないから仕方ないよ」
ガイの表現にレティルは思わず噴出した。
 確かに、似合うには似合うのだが、まだ着こなしてはいない。着られているという表現が正しいような気がしないわけではない。
「俺、けなされてるのか?」
ニュアンスで察したらしいウィルトは白い耳を大きく動かし、尾をぱたりとひと振りして睨みつけるような視線で見つめてきた。
「まぁまぁ、慣れれば馴染むから」
気にしないでレティルは言ってマントを外してローブを脱いだ。
「明日朝一で王との面会を申し込んできたから、明日、王に会いに行こう」
「そうだな。明日になったらレミュー師団もここに戻ってくるだろうしな」
村の様子を伺ってか街に戻ると言っていた師団も明け方にはここに戻るだろう。
「で、問題はだ」
と、一言前置きをしてガイは果物を頬張り、ベッドに腰を下ろした。そして深緑の眼差しを窓へと向けて遠くを見るように目をわずかに細めた。
「これからどうするかってことになるんだけど。やっぱりヴァイナ王国にいるっていう水の精霊に会いに行くべきだろうな……」
ザムノ山の精霊は自分たちに邪神と戦う決意があるのであれば、ヴァイナ王国の湖にいる水の精霊に会いに行けと言った。
 世界の理の中心となる八大精霊のひとつである、水の精霊に。
「決意か」
それがどういうことを示すのか今の自分たちには判らない。
 戦うというを決めた時に、とうに腹は括っている。ハンターになって魔族と戦うということはいずれ邪神軍とも戦う時がやってくるだろうということも。
 たとえ、ハンターとしても自分は邪神と戦っていくつもりだったのだから。
 それが険しく苦難の道だとしても。
「精霊が示す決意がどういう意味のことなのか、俺にはわからないけど」
勇者として生きていく事が出来ないとしても、戦う力が自分にある限り、どんな形であれ邪神軍と戦っていくつもりだ。
 だが、それに対しての決意と精霊が指し示す決意というものが同じものなのかは、今の段階では誰にもわからない。
「そうだな」
ガイも同じ思いなのか、同意する言葉を吐き出すと目を細めて口元を歪めた。
「まぁ、ここまで来たら行くしかねぇだろうけどさ」
邪神軍と戦うのであればザムノ山の精霊の言葉に従うしかないだろう。
「そうだね」
ここまで来たら、確かに行くしかないのだから……。

 翌日、ノエリュー城へ出向くと、早朝到着したらしいレミュー師団たちがいた。
 どうやら昨夜のうちに村を出発し、朝陽が昇る頃、この城に到着したらしい。
 そしてノエリューの若き王を前にし、レティルたちはガルザ師団長を加え、スイウィの村とザムノ山で起こったことをノエリュー王に報告をした。
 ノエリュー王は大変驚き、話を聞いていたが、話を終えると大きく頷いて息を吐き出した。
「そうか。ザムノ山の精霊が」
「今後、こういうことは起こるのかね?」
ガルザ師団長がレティルたちに視線を投げかけてきた。
 確かに、彼の疑念も最もだ。精霊は自然界の中のどこにでもいる存在。人がその存在を把握しているのは一握りだろう。
 そんな精霊が次々と今回のような暴走を起こすとなると、世界は大変なことになるだろう。
 邪神を相手にしている状況を考えても、これ以上の脅威は困るというのが本音だ。
 だが、今回のような事が世界各地で起こり始めているというのは事実だ。今後起こらないとは言えない。
「判りません。ただ、今回のことが特別ではないことは確かだと思います」
「精霊神が姿を隠しているのも関係あるって事かな」
ガイが右手を口元に手を当てて思案する仕草をして言葉をもらす。
「まぁ、その辺りは、もしかしたら八大精霊が何かを知っているかも」
精霊神がこの世界の状況になっても姿を現さない事。もしかしたら精霊神に近い存在である八大精霊たちが何か理由を知っているかもしれない。
 そうだとすると、やはりその八大精霊のひとつである水の精霊に会うべきだろう。
「では」
ノエリュー王はレティルたちに視線を投げかける。
「レティル殿たちは、その水の精霊に会いに行かれるのですか?」
「はい、そのつもりです。この後、すぐにでも」
邪神の動きが気になる。出来るだけ早く水の精霊に会っておいた方が良いだろう。
 何しろ自分たちにはまだ知らない事が多すぎる。
「俺たちはすぐにでもヴァイナ王国へ向かいたいと思います」

 レティルたちはその後、王と師団長に挨拶をし、そして一足先にレミューへ戻るという師団にレミュー王への伝文を頼んだ。
 ノエリューの異変を正したらすぐに戻るつもりだったが、事情が変わってしまった。なので、その旨をレミュー王に伝えてもらわなければならないからだ。
 ヴァイナ王国へ立ち寄ってから戻るので少し遅くなると。
 ガルザ師団長はそれを快く承知してくれたので、レティルたちは城を出たその足でノエリュー王国を出る事にした。

「ロルナトゥへ一度行ってから、このヴァイナ王国の湖……トゥル湖へ向かうのか?」
地図を片手にガイがレティルを振り返る。
 今、レティルたちはノエリューの城下街の門にいる。目の前にはまだ雪の残る平原とケナウ山脈が見える。
「いや、旅慣れしてないウィルトのことを考えるとヴァイナ城下街へ一度行って態勢を立ててから湖に向かおう」
情報を仕入れて、ちゃんと態勢を立て直してから湖に向かう方がいいだろう。
「さて、出発出発」
ご機嫌な様子のウィルトは初めてであろうこの国から出る旅を楽しみにしているようだった。
 旅は楽しいばかりではないのだが、それでもウィルトにとっては興味深々なのだ。
「さぁ、行きますか」
ガイが声を上げて緑のマントを翻した。
「いざ、ヴァイナ王国へ」
「ああ、行こう」

 水の精霊がいるというヴァイナ王国へ。
 ヴァイナ王国で待ち受けるものが一体なのであるのか判らないが自分たちは立ち止まるわけには行かないのだ。

 レティルたちは白い大地を踏みしめて一歩一歩確かな足取りで歩き出した。
 新たに銀狼のウィルトを加え、新たな冒険へと踏み出す。
 その先に待つ苦難の道を確かに見つめながら。

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