ブレイブバスターズ

第二章 雪女の呪いと銀狼の涙

***   8   ***

炎の嵐(バーニングストーム)
レティルの放った炎が氷の巨人(アイスマン)の身体を飲み込んで、あっという間に溶かした。
「あ〜、なんかギルド行ったらすげぇ金額が貯まってそう」
剣を腰の鞘に収めながらガイが呟いた。
 夜を明かした洞窟から山頂を目指していたが、何度こうやってモンスターに襲われたか判らない。
 最も襲ってくるモンスターはほとんどが氷属性のモンスターばかりなのでレティルの炎の魔法とガイの剣、そして銀狼(シルバーウルフ)の炎の息で大した苦労もなく倒すことは出来るのだが、数が多い。
 レティルも途中までは数を数えていたのだが、それすらもう、出来ないほどである。
 ざくっと銀狼が深い雪に足跡をつけて先の道へと先導する。
「最近になって増えたんだ。出来るだけ早く先を急ごう」
先を行く銀狼を追い、レティルとガイも走り出した。
 こうやって、何度もモンスターに襲撃されながらも、それを退けて山頂を目指し、先を急いだ。

 険しい山道を登り、途中モンスターに襲われながらもレティルたちは最後の坂を登り、谷を越える吊橋を渡り、ようやく山頂にたどり着いた。
 そこには広い開けた場所があって、おそらく村の人々が昔に作ったのであろう石造り祭壇が置かれていた。
 周囲には白い雪に覆われていて、頬に冷たく刺さるような風が吹き抜けていた。
 風の音が頂に響く中、ガイは左右に視線を泳がせて、首をひねる。
「精霊の姿はないな」
確かにそこには石の祭壇があるだけ。
 だが、何ともいえない威圧感のある空気が漂っている。とても強い力がすぐ傍にあるような独特な空気。
 何か、大きな力を持つ存在が、目には見えないが近くにいる事は間違いない。
「何かがいるのは確かなんだけど」
 もともと精霊という存在は自然の中にいて、人前に姿を現すことはあまりない。
 おそらく、自然の力の中に溶け込むようにして存在しているのだろう。
 ざくざくと銀狼が白い大地を踏みしめて前に出る。
「スノウ!」
周囲に響く声で銀狼が叫び、それが木霊する。
 ひゅうっと、風が山を吹き抜ける音がし、レティルたちのマントをなびかせた。
 漂っていた威圧感のある空気が急速に祭壇の前に集まっていくのを感じた。
 やがてそれは、大きなエネルギーとなって光りだした。その光は人の形をし始め、レティルたちの前に美しい氷の色をした女性が姿を現した。
 長いローブをひらめかせ、舞うように降り立つ女性。
「スノウ」
銀狼が、降り立った氷の美しい女性に向かってそう呼びかけた。
 氷姫の精霊。この山を、村を守り続けた精霊が今、目の前にいた。
 しかし、レティルはその精霊から感じる力の中に、確かに強烈な負の力を感じ取る事が出来た。
「また、愚かな者達がやってきたか」
精霊から発せられた声は驚くほど冷たく、背筋がぞくっとした。
「君は理を破った」
レティルは威圧するそれに負けないように神経を集中させて、背筋を伸ばした。
「精霊神の啓示から反した精霊の末路を知らないわけじゃないだろう」
「裏切られ続けてもなおか」
冷たい、青い眼差しを向け、精霊は答えた。
「裏切られ続けても、そのものたちを守るなど、なんと虚しい事か。そんなものなど全ていらん」
発せられるのオーラが確実に自分たちに向けての敵意を表わしている。
「お前も、奴らと同じく氷の中に閉じ込めてくれる!」
叫ぶように言うと、精霊の身体が光りだした。
 どうやら、やはり戦うしかなさそうだ。
 それを理解したガイがいち早く腰の剣を引き抜いて構えた。
「話して聞いてくれるとは思ってなかったけどな」
「仕方ないね」
レティルも本心としてはこの精霊を元に戻してやりたいと思う。たとえ、それが不可能でも戦う事なく収めたいと思っていた。
 しかし。それが無理なことも判っていたけれど。
 精霊が手をかざして、吹雪を放ってきた。
 レティルが同時に動く。
閃光炎(フレア)!」
炎系の最高位魔法で応戦する。
 氷と炎がぶつかり合い爆発し、周囲に白い粉が巻き上がり混ざった突風が吹き荒れる。
 その風の間を縫うようにガイが駆け抜け、手にした剣を精霊に向かって振り下ろす。
 ひゅうっと風を切る音と共に確実に捉えた剣先だったが、精霊はまるでこちらの動きを予想していたかのように、舞うようにひらりとかわした。
 そして今度は無数の氷の矢を放ってきたので、レティルは炎の嵐(バーニングストーム)で、ガイは剣で防ぐ。
「こいつは厳しいな」
氷の矢が頬を掠めたらしいガイは、血が滲む右の頬を手の甲で拭いながら口の端をわずかに上げる。
 相手は精霊だ。普通のモンスターや魔族とは違う。戦いにくい上に、力は未知数。そして決定打に欠ける。レティルの魔法も元を正せば、自然界にいる精霊の力を借りているものだ。同じ質の力同士では、絶対的に力が上の精霊には効果は望めないだろう。
 かといって少しずつ、相手の体力を削って戦い続けるような戦い方を出来る相手でもない。
 確かに、ガイの言葉の通り厳しい戦いになりそうだ。
 精霊が再び攻撃してきた。雪の大地から次々と氷柱が出現しレティルたちを串刺しにしようとしてきた。
 それを何とか間一髪でかわすと、レティルは呟くように言った。
「こうなったら下手な鉄砲もなんとやら……だね」
数多くの攻撃を仕掛けて相手の隙をつく。そうやって勝機を見つけ出していくしかない。
「楽は出来ないってか」
けっと吐き捨てるように、ガイは反応を示し、剣を構えなおした。
「俺も」
銀狼が一歩前に足を踏み出す。
「援護ぐらいできるから」
相手は銀狼を助けた存在。戦うことは辛いはずなのに、それから逃げる事なく立ち向かおうとしている。
「わかった。でも、無理はしなくていいからね」
そう、レティルが告げると銀狼は小さく頷いた。
「おっし、行くぜ!」
ガイの声を合図にしてレティルたちは攻撃に転じた。
 レティルは炎系の魔法を連射し、精霊の動きを封じつつ攻撃させないように抑えこむ。
 その間をうまくガイが剣を振りかざし斬りかかり、銀狼がガイの攻撃を援護する。
 連携は見事に取れていた。出逢って間もない銀狼を加えてもなお、リズムは狂う所か、見事に攻撃の幅が出て、良くなっているぐらいだった。
 次第にその連携に精霊も追いつけなくなり確実にダメージを負っていた。
炎の玉(ファイアボール)!」
レティルは炎の玉を両手に精製し精霊に向かって投げつけた。精霊はそれを氷で防ぐが、水蒸気で周囲が白く染まった。
「だぁぁぁっ!」
気合もろともガイは詰めると剣を縦に一閃した。
 精霊の甲高い声が山に木霊し、身体を折り、地面にうずくまる。
「スノウ、もうやめろよっ……」
たまらなくなったのか、銀狼が傷を負ってうずくまる精霊に向かって言った。
「もう、充分だろ。これ以上、お前が傷つく必要なんてないんだよ」
何を言っても、もう通じる相手ではないことはレティルには判っていた。完全にこの精霊は負の力に飲み込まれてしまっている。
 つまりは、もう精霊は銀狼が「スノウ」と呼んでいる心を完全に失ってしまっているのだから。
「何も、必要としない。全てを氷の中に」
まるで呪文のように、うわ言のように精霊は繰り返す。
 銀狼の言葉は届いていない。
 人間を愛した精霊は人間の弱く、醜い部分を見続けてしまったが故に、自我を壊してしまった。
 だが、それで今度はその精霊を愛している銀狼を裏切っている。
 無限の悲しい連鎖の中の一つ。悲しい運命の歯車。
「スノウ、もう良い……もう、良いから」
銀狼は傷ついてうずくまる精霊にゆっくり近づいていく。
「すべて、消えるがいい」
そう、精霊は低い声で言うと同時に全身から魔法力を放出し、それが氷の刃の嵐となり近づこうとした銀狼を含め、自分たちに襲い掛かる。
「―――っ!」
氷の刃は無数の嵐となり、周囲のものを切り刻む。
 レティルも突然の事で動く事が出来ず、身を屈めマントをかぶるようにして、最低限の防衛しか出来なかった。
 氷刃がマントやローブを切っていく。そして下の皮膚も切り、血が滲む。
 鈍い痛みが何度かし、やがて収まった。
 顔を上げると嵐は止んでいた。精霊は祭壇の前でうずくまっている。
 そして、銀狼は……。
「あ…っ」
銀狼の前にガイがいた。
 銀狼を庇うようにしてガイはそこにいた。至るところに傷を負い、血だらけの姿で。
「ガイ!」
「痛…っ」
膝を折って地面に手をつくガイは痛みで顔を歪めていた。流れる血が白い地に紅い染みを大きく、いくつも作っていく。
 レティルはガイの傍に駆け寄る。
「バカ、まともに受けたんだろ!」
「こいつ、抱えて逃げる余裕なくって…さ」
咄嗟にガイは銀狼の前に出て、庇ったのだ。だが、それが精一杯でかわす事も防御する事も出来ずまともに受けてしまった。
「今、回復魔法を」
とにかく、傷を早く回復しなければ出血が酷い。このままでは重大な事態になりかねない。
「良い。……防御にまわってる余裕なんてねぇぞっ……」
青い顔をして、ガイはくいっと顎を精霊に向けた。
 精霊がゆらゆらと立ち上がる姿が目に入った。
「ここで、守りに入ったら殺されるぞ……判ってるだろ」
「でも」
「でもも、へったくれもねぇ。……俺ならこれぐらい」
レティルの腕を振り払って立ち上がろうとするが、ガイは痛みと傷による出血でそれすらままならない。
「くそっ……こんな、時にっ」
息は上がり、握り締めた拳は震えている。
 これ以上、戦いが続けば全滅するかもしれないと、レティルは直感した。
 一人欠けるということが、どういうことなのかレティルには判っている。それに傷を負ったガイを庇いながら長期戦を戦うには相手が悪すぎる。
「どうすれば……」
精霊は立ち上がり、レティルたちに再び攻撃を仕掛けようとしていた。
 ガイはもう戦えない。一瞬の隙を突いてレティルの魔法を相手に食らわせるという方法をとろうにも、ガイの協力がないと難しい相手だ。
 それに下手に自分が攻撃に転じたら、ガイに危害が加わることもある。あれほどの広範囲の攻撃だから。
「レティル!」
ガイの叫びに我に返ったレティルの視界に入ったのは精霊が吹雪きを放とうとしている姿だった。
「しま……っ」
間に合わない……レティルはそう思った瞬間、白銀の光が目の前に飛び込んできた。

 突風と轟音、紅い閃光を放ち、爆発が起こった。

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