ブレイブバスターズ

第二章 雪女の呪いと銀狼の涙

***   6   ***

 全てを拒むような、強風が吹きぬける轟音が洞窟内に響いて、レティルは目を覚ました。
 焚き火の炎が小さくなっているのに気がついたレティルはそれに傍に置いてあった薪をいくつか放り込む。新しい薪に火がつくと、再び小さくなり始めていた炎が大きく燃え上がり始めぱちぱちという木の中にある水分と空気が弾ける音がして、周囲が明るくなった。

 レティルとガイはあのまま山へは登らず、この洞窟で夜を明かすことを決めた。理由は銀狼(シルバーウルフ)が教えてくれた事に由来する。
 夜になるとこの山は猛吹雪に襲われるというのだ。
 どうやらこのザムノ山は精霊が暴走を始めてからというもの、毎晩、夜になると吹雪になるらしい。
 朝になればそれも収まるというので、二人は無理に山頂を目指して吹雪に遭い、危険な道を辿るのであれば、できるだけ安全に行ける、確実な方法をとった方が無難である。
 何せ、吹雪の中をモンスターに襲われでもしたら、視界が聞かない中で、しかも足場も、動きもまともに取れない状況で戦闘を行わなければならないのである。
 いくら、レティルたちとはいえ、その先にいる精霊との戦いを考えればその途中で無駄な体力の消耗は避けたい。そういう判断だった。

「本当に一晩中吹雪いてるんだ……」
外から聞こえる風の轟音が静かな洞窟の中でもうるさいぐらいに聞こえてくる。
 まるで何もかもを拒絶して、心を閉ざしている精霊そのものの心情を表しているかのような吹雪だった。
 なんだか、やりきれない気分に沈みそうになる気持ちを上げようとするかのようにレティルは顔を上げて周囲を見渡した。
「あれ?」
レティルの傍ではガイがこの洞窟内にあった毛布に包まって規則正しい寝息を繰り返している。
 が、確かに同じ場所で休んでいたはずの銀狼の姿が見えないのである。

 立ち上がるとレティルは傍に畳んであった自分のマントを肩に掛け、洞窟の出入り口に足を向けた。

 するとそこには吹雪く外をじっと見つめる銀狼の後ろ姿があった。
「どうした、眠れない?」
 レティルはそう声を掛けると、大きな銀色の耳を揺らして振り返った銀狼の青い瞳と合った。
「まぁ、無理もないか」
そう、誰に言うでもなく苦笑して言うと銀狼の横に並んで座った。
 流石に出入り口付近になると吹雪が時々中に入り込んできて冷えるが、身に着けている紫のマントの特殊は魔法生地のお陰で少しは緩和されていた。
「ここだと寒いだろう。平気?」
レティルがそう問いかけると銀狼はコクリと頷いた。
 そして銀狼はまた、視線を吹雪と向ける。全てを白く染めてしまう猛吹雪。ただそれをじっと見つめているのだ。
 凍り付いてしまった精霊の心そのものと同じく、吹き続ける強い風と雪。
 それをこの銀狼はどんな想いで見つめているのだろうか。
 素性も判らない、何も覚えていないというモンスターを助けた心優しい精霊。
 しかし優しすぎるが故に壊れてしまった心。
「スノウだったんだ」
ポツリと銀狼が言ったのでレティルは視線を向けた。銀狼は視線を吹雪きに向けたまま、続ける。
「俺に人間の言葉を教えてくれたのは。人間と共存するのに必要だからって」
「そう、君は精霊から人間の言葉を教わったんだ」
精霊の存在は、基本的には弱い人間を守る立場にある。もちろん、自然の摂理に逆らったりすることは許されはしないが、それでも他の脅威から守ることも精霊の役目の一つである事が多い。
 そんな精霊が、普通ならば人間に脅威をもたらすであろうモンスターを助け、人の言葉まで教えたというのは、この銀狼が、他のモンスターとは違い邪悪なものではないと言うことを判っていたからであろう。
 そうなると、この銀狼は一体どういう存在であるのか気になるが、この銀狼自身が何も過去のことを覚えていないというのだから、それを知る術は今のところないわけだが……。
 なんであれ、精霊はこの銀狼が邪悪な存在ではないと知り、いずれ人と共存し、そして守ってくれるかもしれないという望みを託し、人の言葉を教え、コミュニケーションが取れるようにしたのかも知れない。
 だが、精霊のそんな望みも打ち砕かれてしまったわけになるけれど。

 それほどまでに精霊は人を愛していたのに……。

 少しのすれ違い。それが大きくなり、これ程までの事態を招いた。どちらかが悪いわけでもない。
 精霊は傷ついた存在を放っておく事が出来なかった程、優しい精霊で、人間たちはただ、自分たちの命と大切な村の生活を守ろうとしただけだ。
 ただ、それだけのことなのに。
 少し歩み寄り、そして理解しようとする心のゆとりがあれば結果は違っていたかもしれない。
 そんなことをレティルは思い、吹雪を見つめて息を吐いた。凍てつく風に吐いた息が白く消えていく。
 横目で銀狼をうかがうと、思いつめたような眼差しで吹雪の向こうを見つめている。
 心の整理がついているような口ぶりだった銀狼。でも、本当はまだ迷っているのではないだろうか。自分の決断が間違っているのかもしれないと、揺れ動いているのかもしれない。
 だが、その本心をうかがい知ることはその横顔からは出来ない。
 沈黙が、吹雪の音だけが、耳に聞こえてくる。
 全てを拒む、雪の風。救った銀狼も拒まれているのは精励の心が完全に壊れてしまっている証。
 辛いだろうなと、レティルは思う。理解しあった存在に拒絶されるということは、凄く辛く悲しい、そしてたまらなく寂しいことだ。
「ずっと、この洞窟で暮らしてたの?」
レティルがたまらず、そう、どうでもいいようなことを問いかけると、銀狼は一瞬自分へ顔を向けて、再び吹雪の向こうを見つめたままそれに答えた。
「スノウがああなってからは、ずっとな。じゃなきゃ、いくら俺でもスノウの冷気にやられちまうからさ」
「助けられる前の記憶は全然ないのか?」
「ああ」
ため息とも取れる声を漏らし、銀狼は白い息を吐き出すと、ようやく視線をレティルへと向けた。
「どこで何をしていたのか、俺はどういう存在だったのか、まったくわからないんだ。それが判れば何か変わるのかもしれないけどな」
 どうして山で傷を負って倒れていたのか、確かに不思議に思うことは多々ある。何かこの銀狼にはあることは確かだとレティルも思う。
「なぁ、あんた」
銀狼は青い瞳でレティルを見つめてくる。レティルはどうかしたのかと首を少し傾げて見せると、銀狼は不思議そうな眼差しを向けて言葉を投げかけてきた。
「どうして俺のことを気に掛けるんだ? 俺はモンスターなんだぞ」
確かに、銀狼の言葉は正しい。だが……。
「俺も、君と同じだから……かな。守りたいと思っていたものを何一つ守る事が出来なかったから」
幼かった頃を思い出す。自分の力を過信していた幼い頃。
 大切なものを守りたいと思いながらも、何も守る事が出来なかった。
 あの時の自分と銀狼が重なるのだ。
 きっと、ガイも同じように思ったのだと思う。だから、彼は銀狼の言葉を簡単に受け入れたかのように言ったのだ。
「あんなに強いのにか?」
レティルの強さを身を持って知っている銀狼は不思議そうに首をかしげた。
 その仕草がどうみてもきょとんとした白い犬のようで少し可笑しくて吹き出しそうになりながら、
「昔の話だよ」
自嘲的な笑みを浮かべてレティルはそう呟くように言った。
 勇者アーティアの血族として、一国を担う主になる器として、それなりに修行をして、知識も長けていた。そう、自負していたに過ぎないのだが。
 しかし、本当は満足に魔族と戦える程の力もまったくなかった。ただの無力な子供だった。
 それから、あの城を逃げ、身を隠しながら本当の修行をした。命を懸けて、それこそ血を吐くような努力をして。
 そうしてようやく、まともに戦えるだけの能力を手にする事が出来た。
「今は、あんな想いをしないためにも、強くならなきゃいけないと思うし、強くありたいと思うよ」
強くなりたい、強くありたい。失わないために。悲しい人をこれ以上増やさないために。
 たぶん、それは誰もが思うことなのかもしれないけど。
 きっと、銀狼も同じ想いを抱えている。
 レティルは立ち上がった。マントについてしまった白い粉を払う。
「冷えるから、適当なところで入っておいて」
そう言うとレティルは銀狼に背を向けた。
 一人になって考えたいこともあるだろう。自分はそろそろ奥に戻ることにした。
「あ、それから」
レティルはあることを思い出して足を止めて振り返った。こちらを見つめる青い瞳をしっかり見つめて言う。
「俺は『あんた』じゃなくてレティル。剣士のほうはガイって言うんだ。覚えておいて」
にっこり笑って片手を上げるとレティルは青い瞳に背を向けて洞窟の奥へと戻っていった。

「やりきれねぇな」
奥へ戻ると、ガイが目を覚まし、起き上がっていて焚き火の炎に薪を追加して掻き回していた。
「ガイ、起きて聞いてたの? 人が悪いな」
肩をすくめてクスクスと笑うとレティルは火の傍に座った。
「ばーか、気配で目が覚めたら声が聞こえたんだよ。人聞きが悪い」
悪態をつくとガイは前髪をかき上げてわざとらしく大きくため息をついた。
「まぁ、別にいいんだけど」
レティルは笑って返した。
 火の燃える音がする中、ガイが口を開いた。
「精霊相手に、勝算はあるのか?」
「どうかな」
火を見つめたままレティルはガイの問いかけに答えた。
 崩壊した精霊の力がどれほどなのかは自分にもまったく判らない。
 その上、精霊の剣は精霊神の加護を受けた剣であることからも、精霊相手の戦闘では使えないであろうことは充分に予想できる。
「でも、このままじゃ、あの銀狼も可哀想だし。なんとか力になってあげたいと思うから」
自分の力を信じて、精一杯できることをやるしかないのだ。今の自分に出来るのはそれだけなのだから。
「そうだな。あいつ、俺たちよりもずっと凄い……自分の無力さと向き合って、ちゃんと考えてるんだから。なんとかしてやりたいもんな」
自分の誇りより、相手のために、守るべきもののために、大切なもののためにどうする事が一番良いのかを選ぶこと。
 誰にでも出来ることだけれど、誰もが選ぶ道ではない。

 自分たちは、銀狼の想いに応えるためにも、一歩も引くことは出来ない。

 陽が昇れば、それが始まる。

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