| 第二章 雪女の呪いと銀狼の涙
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本来、モンスターというのは知能は低いものが多い。欲望に忠実であるから故に邪神の復活の影響で世界中に蔓延した魔力に感応して凶暴化している次第である。
そういう種族であるからして、知能が高く、ましてや人の言葉を話す種類というのは稀である。いたとしても限りなく魔族に近い種族になるし、それほどの種族ともなればそれなりの実力を持つために群れを率いて人々を効率よく襲い続けているものがほとんどだ。
少なくとも、獣系のモンスターで人の言葉を話す種類のものはレティルたちは知らなかった。
「今、お前が喋ったんだよ……な?」
ガイは銀狼を指差しながら恐るおそるそう問いかけた。はたから見れば異様な光景だ。モンスターに話しかけるなんて。
だが、その話しかけたモンスターは一瞬キョトンとこちらを見つめ、目を丸くした。青い瞳がレティルたちを見つめる。
その瞳は青い。そして、今まで数多く遭遇してきたどのモンスターとも違い、欲望に、血に、狂気に暴れるものではない、静かでいて、どこか物悲しい色を光に宿していた。
銀狼は一瞬の間を置いて、しまったという顔をした後、バツが悪そうに顔を歪ませて視線をふいっと逸らした。
その仕草がガイの問いかけに対する答えそのものだ。
「どうして俺たちを襲ったの? 何か理由があるんじゃないか?」
あの、本気で襲えばもっと追い詰める事が出来たのにそうしなかった先ほどの襲撃。それがレティルにはどうしても心の中で引っかかっている。
何か、理由があるんじゃないだろうか?
この銀狼がここまでして、自分たちをここから立ち去らせたい理由が、何か。
レティルは視線を逸らせたままの銀狼に続けて言葉を口にした。
「君は普通のモンスターとは違う。邪悪な気が感じられない。もしかしたら、この山の麓の村で起こったことで何か知ってるんじゃないか?」
「……悪くない」
「え?」
銀狼はキッと鋭い視線を向けて叫んだ。
「スノウは悪くない! 悪いのは麓の村の奴らだ!」
それは確かに人の言葉であった。そして銀狼が口にした『麓の村』というのは間違いなくスイウィの村のことだ。
そして『スノウ』というのは……?
「お前ら、ハンターなんだろ? どうせ、スノウを殺しにきたハンターなんだろ。そんなことさせないからな!」
まるで、唸るように叫ぶ銀狼の声が白い山に響いた。
銀の四本の足で白井地面を踏みしめて立ち上がった銀狼は銀の毛を逆立てた。
「待て、俺たちは……っ」
ガイが言葉を口にしようとした時、白い山が震えるように咆哮を上げた。
「な、何だ?」
おおんと凄まじい音がこだましたと思った次の瞬間、山の空気を震えるような声が突き抜けていく。
―――この山に足を踏み入れた愚か者には零度の裁きを―――
背筋が凍るような冷たい、女性の声だった。
「やめろ、スノウ!」
銀狼が山頂に向かって叫んだ。
「これ以上、傷つけるな!」
切実な銀狼の想いの叫びが、山頂に向かって響いたが、低い轟音がそれをかき消すように響く。
レティルはそれが、強力な魔法力を秘めたものであることを察した。その瞬間、その場にいるものをすべて守るように魔法防壁(を作り出した。
すると、山頂からそれを見越したように猛烈な冷気を帯びた風がレティルたちを襲った。防壁(を張ったレティルの両手にその冷気の突風が痛みを伴う冷たさを感じさせる。
気を少しでも抜けば防壁(を簡単に破られそうなほどの強力な魔法力を帯びた冷気の暴風が吹き荒れる。
びりびりと響き、周囲のものを氷で覆うほどのそれが止むと、再び静けさが戻ってきた。
「成程、こいつがレミュー師団や村を凍り漬けにしたのか」
レティルは防壁(を張っていた両手を見つめながら呟くように言った。
見つめる手が、凄まじい冷気のせいで感覚を失っていた。
咄嗟に張ったものだったが、並みの魔法力ではレティルの防壁(を破ることは出来ないだろう。しかし、そんな防壁(を通してもレティルの両手に突き刺さるほどの冷気を感じさせることの出来るそれが、村や師団の人々を凍らせたのだ。
「レティル、大丈夫か?」
「うん、ちょっと痺れた感じするけど、大した事はないから」
ガイが心配そうに覗き込んでくるので、レティルはそう笑って返した。
そして、レティルは改めて銀狼に視線を向けて声を掛けた。
「この冷気の源……君が『スノウ』と読んでいた存在が村を凍りつかせた精霊だね? この山と麓の村を守護していた精霊のはずだけど」
出来るだけ穏やかにレティルが言うと、銀狼は一瞬ハッとした表情になり、やがて悲しそうな瞳を向けて沈黙する。だが、少しの間をおいてこくりと頷いた。
やっぱり、と……レティルとガイは顔を見合わせて頷き合った。
自分たちが麓の村で見た光景とそこで感じられた残っていた力の波動。それらで推測していたことと、今、自分たちに襲い掛かってきた力の事。
全てを総合してもやはり精霊の力であるという結論からは外れることはない。
そして、目の前にいる人の言葉を話す銀狼は、どうしてこうなったのか、精霊に何が起こったのか知っているはずだ。
こくりと頷いた銀狼はそれでも黙っているまま。痺れを切らしたガイが再び声を掛けた。
「一体、何が起こったって言うんだ。この山で……。尋常じゃないぜ?この様子は」
「……人間が、村のやつらが悪いんだ。スノウを裏切ったから」
少しの間をおいてポツリと銀狼が言った。
どうやら、村の人間とこの山の精霊との間に何かが起こったらしいということはその言葉で判った。
問題はここまで精霊が暴走するほどの『何』があったかということになるのだが、今となってはそれを知ったところでどうすることもないだろう。
暴走した精霊はやがて力の制御を失い、自らの力を使い果たし消滅するだけの運命だ。
世界で起こり始めている精霊たちの暴走の果ての全てはその運命を辿っている。ただし、それまでに出る人間や国への被害もまた尋常ではないが……。
このまま放っておけば、この国が全て氷に閉ざされてしまって滅んでしまうかもしれない。
村で凍っている人々やレミュー師団の者達を解放するには精霊の暴走を一刻も早く何とかしなければならない。
どちらにしても、この銀狼から精霊に起こったことを聞き出して、最終的には精霊を倒すしかない。
―――問題は、銀狼と精霊の関係かな……
レティルは心の中で呟いて小さく息を吐いた。
ガイの精霊の剣が抜けなかったことを考えて、邪悪なものではないということは判っている。それに自分たちを襲ってきた時も殺気は感じなかった。
最初からもしかしたら、精霊と大きく関わっているのかも知れないとは思っていたが、精霊を『スノウ』と呼んだ事からも密接に関わっている事は理解できた。
この銀狼は事態をどこまでわかっているのか。
もし、精霊を倒さなければならないと告げたら、銀狼は自分たちに本気で牙を向けるのだろうか?
それとも……?
「あの冷気を防いだ奴は初めてだ」
銀狼はそう初めて自分から声を掛けてきた。
「あんたら一体何者なんだ? ハンターじゃないのか?」
レティルはその問いかけに苦笑して答えた。
「一応、ハンターだよ。俺は魔道士、こっちは剣士。でも、まぁ、他のハンターよりは実力は数段上ってことかな?」
勇者アーティアの血族であることの証明であるかのように、やはりというか、実力はずば抜けているが、今はハンターの一員であることには変わりない。
銀狼にそう告げると、銀狼は少し考えるように俯くと、やがて顔を上げてレティルとガイを見つめてきた。
「あんたらなら信用できるかもしれない。知りたいんだろ? 何があったのか」
そう言うと銀狼はくるっと背を向けてこちらを振り向いてきた。
「何があったのか話してやる。場所を変えるからついて来いよ。ここだとまたスノウの冷気に襲われるぞ」
どうやら安全な場所を知っているらしい。銀狼はそう自分たちに告げるとさっさと歩き出した。
レティルはどうするか一瞬、迷ったが、ガイを見ると大丈夫だろというように片笑みを浮かべて銀狼の後を歩き出した。
どういうモンスターなのかわからないが、とにかくここは唯一何が起こったのかを詳しく知っている存在でもあるし、あの銀狼から話を聞く意外にはなさそうだと、レティルも後を歩き出した。
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