| 第二章 雪女の呪いと銀狼の涙
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雪と氷に閉ざされた山道は険しく、住み着いたモンスターも凶暴なものが多く、二人の前に出現しては足を止めるかのように襲い掛かってきた。
だが、この山に出現するモンスターは氷の属性モンスターがほとんど。レティルの炎系の魔法の威力とガイの剣術であっという間に叩きのめされる。
二人は苦戦することもなく足場の悪い道を気をつけながら登っていった。
坂道を登り、洞窟を抜け、太陽が傾き始めるよりも前に二人は中腹へとたどり着いた。
そこは少し拓けていて、その先には大きな谷が見える。その谷を越えるためにおそらく村の人たちが設置したのだろう吊橋が見えた。
「レティル、あれ」
ガイが突然、向こう側を指差して声を上げた。
それにつられるようにレティルが視線を向けると、その先には何人もの人影が見えた。
誰かいる?そう思った次の瞬間、それが何なのかを理解したレティルは目を見開いた。
「あれは、レミュー師団」
向けた視線の先にあった光景は、レミュー王国の兵を示す国の紋章が入った武具を身に着け、まるで戦いの最中で時を止めたように、村人たちと同じように凍り漬けになっているレミュー師団だった。
やはり、師団はこの山に入り、そして凍り漬けになってしまったのだ。救援を求めることも、誰一人ここから逃げることも出来ず、一瞬のうちに。
「行こう」
二人は足を渡ろうと駆け出した。
その時、鋭い眼差しがレティル達に向けられているのを感じ、咄嗟に足を止めた。
すると、二人の間を鋭い刃のような、まるで風を切り裂くような風が抜けた。
「何だ?」
風は銀の光を放ち、刃となって翻し二人に何度も襲い掛かってくる。
レティルとガイは雪で足をとられながらも身をうまくかわしていた。
だが、ただかわすだけでは駄目だと判断したレティルは素早く動き、目で追うのがやっとの速さの銀の刃に向かって炎の矢を放った。
ぎゃんという悲鳴が聞こえたと同時に、炎の矢(が当たったその銀の刃はごろんと白い地面に転がったのだ。
「モンスターか?」
地面に転がったそれは素早く立ち上がると、一定の距離を取る。そして自分たちに向かって唸り声を上げてきた。
そこにいたのは銀の毛で身体を覆われた狼だった。
目を奪われるほどの美しい銀色の毛に覆われ、スラっと伸びた足に鋭い爪が光る。尾はふさふさとした長い毛で覆われていて、耳は大きく、こちらを注意深く伺うようにピクピクと動かす。
そして何より印象的なのが良く晴れた、濃い空の色と同じ青い瞳と、額を斜めに走る傷だった。
「銀狼(?」
それは間違いなく『銀狼(』と呼ばれる存在だった。
銀狼は動物ではなく、モンスターの一種だった。獣系のモンスターで狼属。だが、その姿を目にしたものは極端に少なく、またその回数も決して多くはない。
その珍しさは伝説として語られるほどであり、現在ギルドに登録されているハンターでも目にした者は、もしかしたらいないかも知れない。
もちろん、レティルも本などで知識として知っている程度で実物を目にするのは初めてだ。
「おいおい、随分とレアなモンスターが出てきたもんだな」
ガイも伝説になるほどの珍しいモンスターの思わぬ出現に驚きの声を上げている。だが、彼は驚きの声を上げながらも素早く戦闘態勢に入るべく、腰にある、ここに来る前に新調した長剣を鞘から抜いて構えた。
「こんな田舎の山に出るモンスターじゃないな、こいつは」
剣を構えたガイはそう呟きながらも、口元を歪めた。
確かに彼の呟き通り、こんな最北の山、しかも決して大きくはない山に出現するようなモンスターのレベルではない。
誰が、こんなところで伝説になるほどの珍しいモンスターに遭遇すると思うだろうか。
「ガイ、油断しないでよ」
本などで存在だけは知っているが、モンスターの特徴などはほとんど知らない。珍しいモンスターで、ほとんどの人間が戦った事がないことを考えて、それは当たり前のことだった。
特徴が判らない以上、魔法が効かないということも充分考えられる。現に多少、スピードを得るために威力を落としたものではあったが、さっきレティルが放った炎の矢(は効果があまりなかったように見える。ならば、直接攻撃で確実にダメージを与えられる方法を探していくのが適切だ。
「俺が追い込むから、ガイが攻撃して」
レティルが銀狼を見据えたまま提案するとガイは剣を握りなおし頷いた。
「りょーかい」
二人に痺れを切らしたのか、銀狼が唸り声を上げながら襲い掛かってきた。
目で追うのがやっとである程の素早さ。
「早えっ!」
動きを追うのがやっとではかわすのが精一杯だ。ガイも剣を片手に握ったままそれを振るうことすら叶わない。
剣を振り下ろすよりも早く、銀狼は動くために捉えきれないようだ。
レティルは右手にいつでも魔法が放てるように集中し、それで尚且つ銀狼の動きを的確に目で追いながら攻撃をかわす。 そして銀狼の動きを止めるタイミングで炎の矢(を放つ。
銀狼の動きをそれである程度制御し、ガイがタイミングを見計らって剣を振り下ろす。それの繰り返し。
ガイの攻撃もスピードに対抗するためにコンパクトに振るような剣の使い方をしていて、かなりのスピードのある攻撃を銀狼に繰り出している。
しかし、それでも銀狼を捉える事が出来ないでいる。
本来のガイのスピードであるなら、かろうじて捉える事が出来るだろうが、足場が雪で滑りやすく悪い。それもあって本来の速さより少し落ちてしまっている
「ダメだ、当たらねぇ!」
ガイが悔しそうに叫ぶ。
動きを予想して動こうにも、相手は獣だ。こちらの予想通りの動きをしてくれる事が少ない。
このままではチャンスが少なすぎて攻撃が当たらないし、やがてレティルたちの体力が落ちてやられてしまうだろう。
だが、同時にレティルは疑問に思った。
これほどのスピードで自分たちを翻弄する事が出来ているにも関わらず、二人に致命傷を与える攻撃はしてこない。
こんなスピードで、自分たちを本気で殺そうとすればもっと簡単に追い詰める事が出来るはずなのに。
「くそっ!」
ガイはざっと態勢を低くして片手を白い地面につくと、立ち上がり今まで持っていた長剣を一度、腰の鞘に戻してから今度は背中にある精霊の剣に手を伸ばした。
柄を握り引き抜こうとしたガイが、次の瞬間には驚いたように目を丸くして肩越しに背中の剣に視線を向ける。
「あれ? ぬ……抜けねぇ!」
「抜けない?」
突然の事態にガイは困惑していた。
『精霊の剣』は精霊神が勇者アーティアに与えた剣で、精霊の加護を受けた神秘の剣だ。その剣には持ち主を選び、戦うべき相手を選ぶという『意志』を持ち、場に応じてその力を発揮する。
それが、戦闘時にも関わらず抜けないということはどういうことなのか?
もしかするとあの銀狼には何かあるというのだろうか?
「あの銀狼、もしからしたら、何かあるのかもしれないよ」
「何かってなんだよ」
銀狼の攻撃をかわしながらレティルの言葉にガイが叫び、抜けなかった精霊の剣の柄から手を離し、再び腰の剣を引き抜いた。
再び臨戦態勢をとったガイにレティルは言う。
「少なくとも、精霊の剣が戦うことを拒否したんだったら、邪悪なモンスターじゃないってことだと思う。もしかしたら村がどうして凍りついたのか知っているかも」
聖なる力を秘める剣が戦うことを拒否したということは、相手が邪悪なものではないと言う憶測が容易に立つ。
もし、そうであるならば自分たちに襲い掛かってくるのにも何か理由があるのだろうし、それ以上にもしかしたらスイウィの村で何が起こったのかを知っているかもしれない。
それか、この山の精霊に何か関わりがある存在という可能性だってある。
「とにかくあいつの動きを止める」
「止めるだぁ? この状況で言ってんのか、お前は」
わめくガイにレティルは片笑みを漏らし返す。
「今度は俺が攻撃するから、ガイはあいつの動きを止めて」
にっこり言うレティルをガイは引きつった笑みで受けて大きく息を吐いた。
「わかったよ、ったく……キツイことは全部押し付けやがって。いい性格してるよ、お前」
「剣士なんでしょ?なら相応な働きはしてもらわないとね」
レティルがそう言うと、ガイは肩を落とし、判ったと手で合図をして剣を構えなおした。
「後で、絶対ツケ払ってもらうから!」
そう叫んで走り出したガイにレティルはもちろん、と片目を伏せて応えた。
一見すると がむしゃらなガイの攻撃だが、その実ちゃんと銀狼の動きを目で捉えていてレティルが攻撃しやすいように動いている。
さすがだとレティルは感嘆しながらレティルは一瞬のチャンスを狙うために意識を集中し、魔法を放つために構え、魔法力を高める。
問題は魔法が効果があるのかどうかということになるが、今は倒す必要はない。あの銀狼の足を止めることだけが必要とされている。効果はさほどなくても動きを止めることぐらいならば、たとえ効果がないとしてもレティルの魔法ならば出来る。
ざんという周囲の冷気を切り裂くガイの剣を銀狼はひらりと飛んでかわした。
「人間なめんなよ!」
ガイは銀狼の動きを予想していたらしく、そう叫んだかと思うと深く踏み込みなおして空気を切る。剣の素早さとガイの闘気で衝撃波が発せられ、それが地面に降り積もる白雪に衝突しそれを巻き上げた。
銀狼は巻き上げられた白い雪の粉に視界を遮られ動きを止めた。
チャンスだった。
「風の刃(!」
レティルは魔法の中で一番発動が早い風の魔法を銀狼に向かって放った。
銀狼は視界が白く、悪かったために気がつくのが遅れたらしい。レティルの放った魔法をまともに受け、白い雪と共に吹き飛ばされ地面に転がった。
「やったぜ、レティル!」
レティルの攻撃に賞賛の笑みを浮かべたガイが片腕を上げた。
「ガイも、さすがだったよ」
褒められたことに少し照れた笑みを浮かべて返すとレティルは改めて銀狼に視線を向けた。
すると銀狼はむくっと起き上がりぶるぶると身体を揺する。
「ってぇ……。卑怯だぞ、目眩ましなんて」
「え?」
レティルとガイは顔を見合わせた。
耳を疑ったという方が正しい。
自分たち以外の声がそこに響いて、でもレティルとガイの二人の他には動いている人間はいないわけである。
だが、どう考えても今の声は自分たち以外の声であり、そして今自分たちの他に動いている存在というと……。
二人は同時に視線を銀狼に向けた。
「銀狼が、喋った?」
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