| 第二章 雪女の呪いと銀狼の涙
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レティルとガイは自分たちが乗ってきた馬車を町に置き、馬の面倒を宿屋の主人に任せ、関所から北西にあるノエリュー王国の城へと向かった。
確かにヴァイナ王国とは違い、足を踏み入れた瞬間から気温は一気に下がり、鉛色の空から雪が降り始めた。
足を進めれば進めるほど、雪は深くなり、地面を銀色に染め上げていた。
白銀の世界をざくざくと踏みしめて半日歩き、二人は無事にノエリュー王国の城下街へとたどり着いた。
町へ到着するなり、二人は先に宿の手配を済ませ、その足でノエリュー王への面会を申し込みに城へと向かった。
すると、意外にも王はすぐに面会してくれるという話になり、レティルとガイは兵士の案内で城内へ入り、謁見の間へと通された。
農業主体の、決して大きくはない国の城とは思えないほどの美しい装飾品を施された城内に、綺麗に光る大理石の床。手入れがとても行き届いていて、ここだけ見ればどこかの大国の城ではないかと思わせるほどだった。
謁見の間にやってくると、国王が玉座に座って自分たちを待っていた。
王は色の白い肌に緑の髪が背中にかかる、細身の若い男性だった。
一国の王にしては随分と若い印象を受ける。見た目だけならば、自分たちと大して変わらないんではないだろうか。
だが、その王の翡翠の瞳はしっかりとした光を宿していて、その眼差しと力強さは王としての威厳を持つものだった。
「遠い所をようこそ、我ノエリュー王国へ」
レティルとガイが王の前に跪く 。
「レティル殿と、ガイ殿ですね。お二人の実力の噂はこの辺境の国にも届いておりますよ」
レミュー王国では二人の名前はその実力共々知れ渡っていた。それはギルドが活発に機能していたからという事情もあるし、それ故に二人の能力を考えれば当たり前のことだろう。
だが、この北の辺境の国にまで名前が知れ渡っているとは思いもよらず、レティルとガイは困惑した表情で顔を見合わせた。
有名になりたいわけではないし、逆に言えば、有名になっては問題も多い。自分たちとしては好ましくないのだが、世の中はそうはしてくれないという実例である。
「陛下」
とにかく、レティルは本題を切り出す。
「レミュー王からの書簡をご覧になられたと思います。僕たちもここへ来る途中に立ち寄った関所の門番師団長から話を聞きました。なんでもザムノ山の麓の村が氷に閉ざされていると。一体何が起こっているのですか、この国で」
そのレティルの問いかけにノエリュー大生は表情を曇らせると、少しの沈黙を置き、重い口を開いた。
「『氷に閉ざされている』のではありません。『凍り漬けになっている』のです、村が……そこで生活する人間たちもそのまま」
「凍り漬け?」
「数ヶ月前より、この国全土で気候に変化が起こりました。この季節にこれだけの雪が降るということはいかに北国であろうとも通常では考えられないのですが、ずっと雪が降り続いています。そしてやがて、ザムノ山の麓の村から旅商人がやってきて、『村が凍っている』と。我々は使者を出し確認しました。まさしく、人も草木も、家も何もかもが時を止めたかのように凍っているのです」
「人間も全て……」
家や草木、大地だけではなく、そこで暮らしていた人間さえも凍りつかせてしまうというのは普通考えられないことだ。
いかに寒くても水や草木が凍るとしても人間までとは異常だ。この国に起こっているという気候の変化と密接に関係していると思っていいだろう。
だとすると、その原因になるものが何なのかということになる。
おそらく、レミュー師団はそれを調べるために出向いたはずだ。
「レミュー師団はその村に向かって消息が途絶えたんですね?」
確かめるように言うと王は大きく頷いた。
「調査へ出て、戻る日にちになっても城へも誰も戻らずでして。我々はご存知の通り兵力を持ちません。わずかに戦える魔道士を抱えてはいるものの、それもモンスター退治でふさがっていて派遣できませんので……」
確かに、最近地方でもモンスターが凶暴化していると聞く。そんな状況であるのなら尚のこと、まともな兵力を持たない小国はどうすることも出来ない。
暗い表情でそう告げてきたノエリュー王にガイがしっかりとした口調で言った。
「我々が様子を見てきましょう。レミュー王からの直接の依頼でもありますし、この国にとってもこのままでは、いずれ大きな被害が出る」
「ですが、危険ではありませんか?」
気遣いを見せるノエリュー王にレティルはしっかり頷いて、言葉を口にした。
「危険だと思います。でも、このままではこの国が氷に閉ざされた死の国になってしまいます。それは誰の望むものではありません。それに、こういう事態に対処するために僕たちハンターという存在があるのではありませんか?」
王の心遣いに感謝を表すために深々と頭を下げると、少しの間をおいて顔を上げ、しっかり王の目を見つめて言った。
「行って見なければ判らない事が多い。僕たちは明日にでも村へ行ってみます」
二人は翌日、王に告げたとおりノエリュー上より北にあるザムノ山の麓、スイウィの村へと向かった。
その村に到着した二人は話しの通りの光景に思わす言葉を失い村の入り口で立ち尽くした。
まさに文字通り、まるで時を止めたかの様に村はありとあらゆる、そこに存在しているはずの全てのものが凍っていたのだ。
美しく咲いていた花や緑鮮やかな草たち、そして深緑の木々。そこに建つ木造の田舎らしい家も、生活に欠かせないだろう井戸も小川のせせらぎも、その中で暮らしていたであろう村の人々も。
音さえも凍ってしまったのではないかと思わせるほどの静寂の村の中で、ある日常の一コマを切り抜いて静止させたかのように……。
ただ時の流れを感じさせてくれるのが吹き抜けていく風だった。肌を切り裂くばかりの冷たさを持つ、雪の混じる冷酷な風だけが、時が確かに流れているということを教えてくれていた。
「なんなんだよ、これは」
ガイが光景を目の当たりにして声を上げた。
「本当に何もかもが凍ってやがる」
確かに前もって聞いていた話ではあったが、実際に目の前にそれがあるとどうも言葉に詰まる。
信じられないというのが正しい表現だろう。こんな光景。
「まるで時間が止まってるみたいだね」
村のあちこちで凍っている人々は、朝の一場面の光景を物語っていた。
田畑を耕そうと鍬を片手に歩く男の人。水汲みの手伝いをする子供たちに、その水で洗濯をしようとしている女性たち。
何の変哲もない、彼らにとっては、それでいてとても大切な一日の始まりの、その一瞬で時を止めてしまった……そうレティルの目には映っていた。
何かの瞬間にこの目の前の光景が何事もなかったかのように動き出すのではないか?
レティルはそう思えてならなかった。
それほどまでに目の前の光景は自然で、そして不自然だったのだ。
何者かが、こんなことをしたことだけは確かだったが、それが一体何者なのかはこの状況だけでは判りそうもない。
邪神軍なのか、魔族なのか、あるいは力を持ったモンスターが襲ったのか。
それを探るために、レティルとガイはとにかくこの村の中を少し散策してみることにした。散策したところでヒントが得られる可能性があるわけではないが、もしかしたら何か手がかりが見つかるかもしれない。
どうしてこんな山の麓にある小さな村がこんなことになってしまったのか……。
二人は白い大地を踏みしめて村の様子を伺うように歩く。氷の世界はまるで彫刻のように美しく、艶やかに見えたが、それ以上に無機質で冷たく、心まで冷たくなっていくようなそんな感じがした。
村の中には誰も無事な人はいなかった。
全てが凍り付いている上に、凍り付いている村の人々も何が起こったのか判らないまま、こんなことになってしまったのではないだろうか。
雪が降る、音さえもその中に消えてしまう村に二人の吐く息だけが聞こえる。
「誰も、いないか」
「全員、凍っちまってるんだろ、これじゃ」
決して大きくはない村をすべて見たが、当然のごとく全てが凍っていて、誰かにこの状況のことを聞くことは出来なかった。
だが、手がかりがなかったわけではない。
山道の前にある大きな精霊を敬うためにあるのだろう石碑。おそらくザムノ山に住む精霊に対して感謝を表すものだろうそれが無残にも壊されている惨状。
それはモンスターに壊されたのではないだろう。現に村は凍っていることを除けば、モンスターに襲われた形跡などなにもない。
そして、何より重要なのが、凍りついたもの全てから感じる、村の中に残る微かな力の波動は魔族やモンスターが使う力とは違う、むしろ自分たちが魔法として使うそれに近い力。
「モンスターや魔族じゃないってことは……可能性は一つしかないか」
考えたくはないが、おそらく間違ってはいない。
「精霊……か」
ガイが残るその一つの可能性を口にして、レティルの隣で大きく息を吐いて鉛色の空を仰いだ。
天候にまで影響を与える存在ということを考えても、魔族などの手によることではないかもしれないというのは考え付くことだった。
天候に影響を与えることの出来る存在は自然界の住人で、このアーティアの万物の源である『精霊』だけである。
「最近、各地で精霊が暴走しているって話は聞いていたけど、ここまでとはね」
レティルは旅をしている間に、いろんな話を耳にすることがある。
その中に、ある地方の旅人が言っていたのだ。精霊が人間に危害を加えていると。
それは邪神軍の復活の影響なのか、それとも他に要因があるのかはわからない。だが、精霊界、あるいは精霊神に何らかの異変が起こり始めていることを示していた。
おそらく、この村……いや、この国を雪の世界に閉ざしているのは精霊の力のせいだろう。
その精霊はザムノ山に住み、長い年月の間この国を見守り、加護を与えてきた存在。
だが、何らかの理由により、それが人間に危害を加えるようになってしまった。それが邪神軍の手引きなのか、人間の手引きなのかはわからないが、少なくとも、この村の住人たちは山に住む精霊を恨んでいたはずだ。出なければ、石碑が破壊されたりはしないし、何らかの原因で壊れたとしてもすぐに修復されていたはずだ。
何かが、この村と精霊の間にあることは間違いない。
「ザムノ山か」
レティルは山に入る道を見つめた。銀色に染まり、何者も寄せ付けない雰囲気を醸し出すその道。
「山へ行こう、ガイ。きっとそこで全てが判る」
行方不明になっているレミュー師団も、おそらくあのザムノ山に足を踏み入れたはずだ。
「ああ、行くしかないな」
レティルとガイは頷き合うと目の前にそびえ立つ白い山に視線を向けた。
そして二人は雪の振るその、山道に足を踏み入れたのである。
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