| 第一章 冒険の始まる国 大地の鉱石男
*** 7 ***
「僕は勇者の末裔にはふさわしくないと思っています」
鮮やかな緑と色とりどりの花が咲き乱れる城の中庭で、一見すると少女にも見紛う程の容姿を持つ、色白の肌で、黄金色の長い髪を太陽の光に煌めかせて立つ少年がどこか悲しそうに呟いた。
向けられた、深緑の瞳が揺れている。
「君のように剣も魔法もろくに出来ない。きっと父も母もお嘆きだろう。勇者の末裔の王子がこんなに情けないと」
「剣や魔法だけが全てではありません」
その少年に向かって言った。
「そこに住む民を想い、そして守ることが出来るかが王としての気質だと思います。それは剣や魔法が出来ることよりももっと大切なことがあると、僕は思います」
「大切な……事」
金髪の少年が顔を上げて少し首を傾げた。
どういう事かと問うようなまなざしを向ける少年に、応える。
「思いやる心、愛する心、それは力よりもずっと大切で、そしてあなたには僕よりその何よりも大切なものがある。どんな動物もあなたに懐くのが何よりの証拠でしょう?」
「……ありがとう、レイティーラル王子」
嬉しそうに笑ったその少年の微笑みは月のように穏やかで、春の陽射しの様に暖かかった。
レティルが目を覚ますと、そこは見慣れない装飾を施された美しい天井が視界に入った。
「ここは……?」
見たことのないそれにレティルは困惑していると声がした。
「ようやく目が覚めたか、レティル」
反射的に視線を声へ向ける。
声の主は部屋の窓枠に腰掛けたまま声を掛けてきたらしい。明るい陽の光が差し込むのを受け、長い黄金色の髪がキラキラと光って、窓から穏やかに吹き込む風に揺れる。
「半日近く眠ったままだったから、ちょっと心配したんだけどさ」
よっと、声を短く出して座っていたそこから降りると傍にやってきた。そしてレティルの顔を覗き込む。
「ガイ……?」
レティルは困惑したまま、彼の名前を呼んでみた。
彼は軽装で、束ねていた髪を下ろしていたために印象が違って見えた。
いや、違って見えたというよりその姿がかつての王子の姿に重なって見えたのだ。
「大丈夫か?ったく、無茶しやがって。まさか光属性の魔法をぶっ放すなんて思わなかったぞ、俺は」
姿は王子のそれに重なっても、口調が現在の彼でレティルはそのギャップに思わず苦笑した。
本当に、変われば人は変わるものだと。
レティルはゆっくり身体を起こすと周囲を見渡した。
見慣れない天井だけではなく、この部屋自体が高貴で美しい装飾品と家具で埋め尽くされていた。
「ここは?」
「城の客室。ぶっ倒れたお前を担いで戻るって言ったんだけど、陛下が用意してくれてな。お言葉に甘えたってわけだ」
経緯を簡潔に説明するガイは、気がつけばレティルのベッドに腰掛けていた。
「陛下はどうしてる?」
「……部屋に閉じこもってるらしい。食事も摂らないでな。ま、無理もないとは思うんだけど」
一人息子が魔族に加担しただけでもショックであろうが、それどころかあんな怪物に姿を変えてしまい、人であることすら捨てた。そして実の父親の命を狙ったのである。ショックを受けないはずはない。
その息子のパドラも突如出現したヴィラルダという魔族によって、どこかへと連れて行かれてしまった。
ヴィラルダはおそらく邪神軍の中でも相当な実力者だろう。パドラの発する魔力を追跡し、それを頼りに瞬間移動して、また去った。敵陣にたった一人でやってくる、それだけに自信があの魔族にはあったのだ。
もしかしたら、邪神軍は全力でこの世界を征服しようとしていないだけなのではないかという考えがよぎった。もし、彼らが本気になればこの世界なんかあっという間に滅んでしまうのではないか。
「あ、そうだ」
レティルの思考を遮るように、ガイが声を上げると話を続けた。
「街は、大丈夫だ。まぁ、パドラの事も公表されたから、混乱はしているんだけどさ」
「そうか」
街にパドラが入り込んで、無用な犠牲が出てしまうことを恐れたのだろう。王の判断は確かに正しいであろう。
今、混乱に街が大変であっても。
「腹減ったろ?」
ガイはそう言うと立ち上がり、くるりと身体を反転してレティルを見下ろしてきた。
「何か軽い食事持ってくるから、ちょっと待ってろよ」
片笑みを浮かべると、ガイはレティルの返答を待たずに部屋を出て行ってしまった。
一人になったレティルは改めて部屋を見回す。
自分のいるベッドの横にはもう一つ同じようなベッドがあって、そのすぐ傍には、赤茶色をした剣の鞘に収まっている……精霊の剣。
そして部屋の中心にあるテーブルには、さっきまでガイが飲んでいたのであろうカップがあり、ソファーには自分と彼が着ていたローブなどが綺麗に洗濯されて畳まれていてた。
おそらく……今、自分が身に着けている服やガイが身に着けている服は城の誰かが用意してくれたものなのだろう。
レティルはベッドから降り、脇に置かれた靴を履いて立ち上がる。少しふらついたが、なんとか大丈夫そうだった。
窓の傍に行き外の景色を見る。自分たちがいるのは城の左側の塔らしい。上階であるので城下街が見下ろせる。
この場所から見る限りでは、街はいつものままの様子に思えるた。しかし、パドラのことが知らされているという話を聞く限りでは、きっと街の人々は混乱しているだろう。
しかし、この離れた場所からではその様子をうかがい知ることは出来ない。
しばらく外を見ていたレティルだったが、何気なく視線を部屋に戻す。するとベッドの横に立て掛けられている精霊の剣に視線がいった。
「精霊の剣」
窓から離れ、その剣に近づいてみる。近づくだけでどこか懐かしい感じがする。
精霊の剣はサフィルト王国で守られていた。そして、アルバート王国では精霊に限りなく近い魔法術と邪神の封印を守っていた。
それらが、自分達の与えられた役目だった。
「やっぱ懐かしいだろ?」
扉の方から声がしたので反射的に振り返ると、その視線の先には食事をトレイに乗せて立つガイの姿があった。
「ガイ」
ガイは持っていたトレイをテーブルに置くと、そのままベッドのところまでやってきて精霊の剣を手に取った。
「まさか、俺がこいつを使う日が来るなんて……子供の頃には思っても見なかった」
思い耽るようにガイはその剣を眺めた。自身の子供の頃を思い出しているのだろう、やがて自嘲的な笑みを浮かべてレティルにその緑の眼差しを向けた。
「お前の方がよっぽどこの剣にふさわしいって、皆言ってたし、俺も、そう思ってた。なのに、皮肉だよな……俺が剣士でお前は魔道士として再会することになっちまった」
「ガイ…すまない」
「何がだ?」
レティルの謝罪の意味を理解できないガイは少しだけ首を傾げた。そんな彼に、レティルはその意味を語りだした。
「全ての原因は、父上と母上にあるんだ。……あの日」
今でもはっきり思い出すあの日の事。邪神を解放するための魔法陣と血まみれで絶命していた両親。
どうしてあんな事をしたのかはレティル自身にも判らないでも、その事実だけはどうやっても変えることは出来ない。
あの地下の場所は特別で王族の人間しか入ることが出来ないということ、そして両親の身体の下にある間違いない邪神解放の魔法陣。
「両親が……邪神を復活させてしまったんだ」
重すぎる事実をレティルはガイに告げた。
彼がそれを知っているとは思えない。きっと今、レティルの口から初めて知らされたのだろうと思う。
しばし、沈黙が流れた。
だが、黙っていたガイは小さく息を吐き、精霊の剣に視線を向けた。
「何が『真実』なのかは、判らない。『事実』は事実であって真実じゃない」
「え?」
彼の沈黙を破るその言葉の意味が判らず、レティルは思わず声を漏らし、顔を上げた。ガイは困惑しているレティルに苦笑を向けたまま応えた。
「事実はお前の言う通りなのかも知れないけど、そこにある『理由』ってのは判らない。どんな『真実』がそこにあるのかは判らないだろ? 俺にも、お前にもな」
確かに彼の言うとおりだった。そこにある事実としてはそうなのかも知れないが、何故、両親が邪神を甦らせてしまったのかという経緯は判らない。
「だったら、何かお前が知る『事実』とは違う『真実』がそこに隠れているかもしれないだろ?」
彼が何を言おうとしているのかレティルは見えてきたような気がした。
自分が知らない真実……それは自分の知る事実とは違う何か。
「邪神が甦った、その瞬間をお前は見たのか?」
問いかけるガイにレティルは首を横に振った。
「見たのは魔法陣と、そこに倒れている両親だけだよ」
「だったら、可能性は1つじゃない。何者かが、罪をかぶせるためにそうしたのかも知れないだろう。方法は……まぁ、ともかくとしてだ」
あの日、封印の魔法を掛け直すはずだった。それは王家の者のみが行うとされてはいるものの、詳しいことはまだ幼い自分には良く知らなかった。
思いもしなかった微かな希望。もしかしたら自分の知っている事実は真実ではないかもしれない。
まだ、自分は希望を持っていいのかも知れない。
「一人だけが知る事実は必ずしも真実とは限らない。それが、俺の師匠の口癖の一つだった」
ガイはそう言うと視線を窓の外へと向ける。遠くを見つめるように少しだけ目を細めて。
「邪神軍の攻めてきた城から、逃げ出した……どうしようもない臆病で弱虫の王子を助けて育ててくれた剣士。ヒュルダ=バルトール。俺の師匠だ」
そう言うと手にしていた精霊の剣に改めて視線を戻し、そしてレティルにその視線を向けて微笑んだ。
「いつか、全部判る時がくるさ。もう俺も、あの頃の『弱虫王子』じゃねぇ。お前の力になれる」
レティルは彼のその言葉に驚きながらも、その存在に嬉しさを感じていた。
そういえば、城にいた時も、隠里で身を隠し暮らしていた時も、そしてハンターとなって戦っていた今までも、心から信頼できるような『仲間』と呼べる存在はいなかった。
レティルにとって、ガイは初めて心から信頼できる仲間なのかもしれない。
「ありがとう、ガイ」
「いえいえ」
にこっと明るい笑顔を見せてガイは自信ありげに大きく頷いた。
「……で、俺はずっと師匠と旅をしていたんだ」
食事を摂るレティルの前で、ガイは今までどうしていたのかを話してくれた。
彼は邪神軍の襲撃との時、父王と母王の機転でうまく逃げ出した。その時に、精霊の剣を抱えて城を飛び出したという。
だが、途中で邪神軍のモンスター軍に襲われた。精霊の剣だけは絶対に離す事はなく、それでも戦う術を持たなかった彼は瀕死の重傷を負ったという。
そこを助けてくれたのがさっき言ったヒュルダという豪腕の剣士。
その後、彼を師匠と仰ぎ、共に旅をしながら修行をして旅を続けていたのだ。
ある時、中央大陸の街でレティルの噂を聞いたガイは、噂が流れてきたレミューへ渡った。師匠と呼ぶヒュラルダとも中央大陸で別れたという話だった。
ガイの話によるとヒュルダも何か大きな目的のために旅をしていたという話だが、彼自身もそれが何なのかは知らないという。
「師匠のおかげでこんなに強くなれたんだ。感謝してるさ」
「そうか」
一通り話を聞いたレティルは呟くように相槌を打った。
話を聞く限り、ガイもまた大変な思いをしてここまでやってきたらしいことは充分に判った。
食事を終えたレティルは最後にハーブティーを飲み、そのカップをテーブルに置くとしみじみと言った。
「本当に見違えるよ。強くなったよね、びっくりしたよ」
「人間、変われば変わるものだろ?」
どこか楽しそうに笑みを浮かべてガイは言うと片目を伏せて頬杖をついた。
それから、つもり積もった話をしながら過ごしていたところへ、突然部屋の扉がノックされたのは随分経ってからだった。
訪ねてきたのは王の執事だった。レミュー王が自分たちにどうしても会いたいと言う。
二人は執事の王からの伝言を承諾し、さっそくレミュー王の部屋へと出向いた。
レミュー王は幾分か顔色も良くなっていて、少しホッとした。
二人が部屋に入ると王は人払いをし、自分たちだけにする。それだけで、これから話されるだろう内容はすぐに判った。
王はレティルたちをソファーに座るように勧め、その目の前に座った。
「レイティーラル王子、ガムイール王子、よくぞご無事で生きておられました」
感極まったレミュー王はその瞳に涙を薄っすら浮かべて何度も頷いた。
「勇者の血族であるお二人を前に、こんな場所でご無礼とは存じていますが、お許しください」
深々と頭を下げる王にレティルは慌てて首を横に振り口を開いた
「顔を上げてください、陛下。僕たちは今はもう、王子などではなく、ハンターなのです。そういったお気遣いはなさらぬように」
「レティルの言う通りです。王子という肩書きも何もかも、今の自分たちには必要のないものなのです。だから、陛下」
国を失った自分たちは王子という立場も、勇者の血族であるという立場も必要としない。だからこそ、今はハンターとしての実力だけでこうしてここまでやってきたのだ。
今更、それらの立場は自分たちにとってまったく必要ではない。
レティル達の言葉に少し戸惑いの表情を見せるレミュー王だったが、こちらの事情を汲み取ってくれたのか、少しの間をおいて何度も頷いてくれた。
「判りました。……では、お二人に『仕事』を依頼するという形で話をさせていただきたいと思います」
「仕事?」
何かとレティルとガイは顔を見合わせる。
一国の王自らが依頼する『仕事』とは何だろうと思ったが、すぐにレティルはそれに思い当たる。
「息子の事です」
レミュー王は切り出した。
「あの魔族に魂を売った愚かな息子をどうか、止めてやってください」
眉間に深い皺を寄せ、噛み締めた歯の隙間から、苦々しく零すように言葉を吐き出すレミュー王。
王の言葉が表すのはパドラを止める事……つまりは―――。
「陛下、それは」
「お願いします。父親としてしてやれるのはこれぐらいなのです。悔しい思いはありますが、私の力では到底止める事などできましょうか? で、あれば……叶うのは、それに見合う力を持つものに託すことしか出来ないのです。愚かな父親だと笑われても、それでも、息子の罪を少しでの軽くしてやるのがせめてもの愛情です」
「彼を、殺すことになる。それでも?」
レティルが改めてそれを問うと、王は静かに頷いた。
「どうか、お願いします」
それは親としての、とても悲しい決意と選択だったと思う。たった一人の息子を、他人の手で殺してくれと頼むなんて。
それしか方法がないとしてもどれほど身が切られる思いをしているのか想像も出来ない。
「判りました」
悲しい父親の決意。たった一人の子供がこれ以上、罪を犯さぬようにと。
その思いにレティルは応えるために迷う事なく話を受ける事にした。
「全力を尽くします」
「で、これからどうするんだ?」
王の部屋を出て、自分たちのいた部屋に戻る途中ガイが口を開いた。
「これから、か……」
パドラのことを頼まれたとは言え、彼は魔族と共に姿を消した。あの時の前後の事を考えても、きっとこの国には、いや、この大陸にはいないだろう。
この広いアーティアの世界を闇雲の探しても無駄足になる事だろう。それにあの傷だ。しばらくは動けないはずだ。
レミュー王が協力をしてくれる事になっていて、情報などは入り次第、極秘にギルドを通して自分たちに伝えてくれるという話にはなっているが、この国とて邪神軍との戦いの最前線の国の一つ。そうそう情報収集ばかりはしていられない。
自分たちに出来ることは、情報を集める事と、邪神軍の足取りを追うことである。
「当面はこの国に留まって情報を集めよう。ギルドの発祥の地だ。他の地域から邪神軍に関する情報が入るだろう」
「そうだな、情報だな」
肩をすくめてガイは言うと頷いて、くるりとレティルに向き合った。
突然の彼の行動に何かと首を傾げると、ガイは右手を差し出してきた。
「改めてだけどさ、これから宜しくなレティル」
笑顔と共に差し出された右手に一瞬目を丸くしたレティルだったが、同じく笑みを零すとためらう事なく差し出された手を握り返した。
「こちらこそ、宜しくねガイ」
共に戦う同志として、仲間としての道を歩く。それを互いに決めた瞬間だった。
数日後―――
レティルとガイはギルドにやってきた。
「オババ、師団登録の用紙もらえる?」
にっこり笑ってレティルがそう、窓口にいる、いつもの老女に言うと、彼女は驚いたように目を見開いて身を乗り出してきた。
「は? レティル、あんたが師団登録?」
「うん。……そんなに驚かなくてもいいんじゃない?」
明らかに驚いて、言葉を失っているようにも見える老女にレティルは苦笑を浮かべて返した。
「いや、だって誰とも組まなかったあんたが……。で、相手は誰だい?」
「俺だよ、俺」
レティルの肩からひょっこり顔を出してきたガイがニィっと笑って手を軽く振った。
「ガイ、あんたかい? また……初対面の相手だなんてレティル、どういう風の吹き回しなんだ?」
そう言いながらオババは師団登録用の用紙を取り出してレティルに差し出した。
その用紙を受け取りながらレティルは片目を伏せて笑みを見せると
「魔道士と剣士っていい組み合わせだと思わない?」
その日、二人が最強のコンビの誕生がレミュー国中に響き渡る事になる。
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