| 第一章 冒険の始まる国 大地の鉱石男
*** 6 ***
レミュー国の政治は特殊だった。周囲の国々とのやり取りだけではなく、邪神軍との攻防の要になっているこの国はそれに対しても気を常に張っていなければならないのだ。
そのために、主要国の王ともなると、日々何かしらに問題を抱えていて多忙なものだった。
そんな多忙な一日を無事に終えて、今日は久しぶりに息子パドラと共に夕食を摂ったレミュー王は自室に戻り、明日からのまた多忙な日々に備えるために、隣国や同盟国から送られてきた書簡に目を通す。
これが、ほぼ毎日の日課となっていた。毎日の公務を終え、夕食の後に翌日に備えて文献や送られてくる書簡に目を通す。
平和だった頃とはまったく変わってしまったこの生活。邪神が復活し、唯一の頼みの綱だった勇者の末裔国、アルバート、サフィルト両国は早々に滅亡し、人々の希望は失われてしまった。
それでも世界は動いている。人々は自分たちの国で必死に生き続けている。ならば、その者達を守ることが国の役目ではないか。
たとえ、希望が失われたとしても。勇者という存在をなくしていたとしても。そこに人が生きている限り、諦めるわけには、逃げるわけには行かないのが国を持つ王の宿命だった。
世界が支えを失ったあの時から、レミュー国を中心にあらゆる国と連携を取りながら、何とか邪神軍の攻撃を耐え凌いでいるこの状況。
いつまで続くか判らない。もしかしたら永遠に続くかもしれない、この闇に飲まれようとしている世界。
いつか、この世界は再び光を取り戻すことはあるのだろうか……。
レミュー王は大きくため息を吐いて書簡を収めた。そして立ち上がり、自室から見える城下街の明かりを 窓越しに見下ろす。
この小さないくつもの光の下でたくさんの人々が暮らしている。それは命の光といえるだろう。それを守り続けなければならない、この命に代えても。
それが、この国の王としての役目なのだから。
街の明かりを眺めていると、不意に部屋の扉が叩かれた。叩かれた扉の向こうから聞こえた声は、唯一の息子パドラのものだった。
「父上、お話がありますので後ほど、王の間に来てください」
「……判った」
息子の声にそう返すと、やがて扉の向こうにあった気配が消えた。
何か問題でも起こったか。レミュー王は内心思い、ベッドにかけてあった王族の紋章が入った深紅のローブを羽織った。
最近、城下街で上級ハンターたちが行方不明になっている事件を耳にしていた。上級ハンターばかりで、しかも実力も相当なもの達ばかりであることから、裏で魔族が手を引いているのではないかと思い、息子であるパドラに極秘に調査を頼んでいた。
その調査の中で何かあったのではないかと思ったのだ。
レミュー王はローブを正すと部屋を静かに出た。
王の間はレミュー城の中央の建物の中にある。謁見の間のすぐ上にあるのだが、その部屋では国の重役たちを集めて会議を行ったり、兵士団の団結式など、様々な用途で使われるためにかなりの広さがあった。
大理石を床に敷き詰め、白い装飾を施された壁や柱は大国らしい高貴な空気を醸し出している。
そんな広い部屋にレミュー王はやってくると、先に来ていたらしいパドラが部屋の中心に立って待っていた。
「パドラどうした?何か問題でも起こったか?」
静かな部屋に紅い美しい絨毯。その上を歩く鈍い足音が広い部屋に響く。
「ええ、調査した結果が判明しましたので。早く父上のお耳に入れておきたくて」
背を向けるように立っていたパドラがそう静かな口調で言い、ゆっくりと振り返る。
「パドラっ!」
その振り返った息子の瞳を見たレミュー王は息を詰めるように先の言葉を失った。
息子の瞳は母譲りの美しい青の瞳だったはず。しかし、そこに存在したのは血のように紅い瞳。
それはこの国を守るために戦った相手……邪神軍の魔族と同じ色の瞳だった。
地下迷宮を脱出したレティルとガイは完全に陽の落ちた、あの裏庭に出た。
「げ、もう真っ暗かよ」
空が夜色に染まっているのを見てガイが呟いた。
どうやら自分たちはかなり長い時間あの地下迷宮にいたらしい。
「パドラは国王と夕食の後……って言ってたから。急ごう」
あの合成獣化したハンターの男の言葉通りだとしたら、パドラは今晩中にレミュー王を亡き者にしてしまうつもりだろう。
二人が城内に入ろうとした時、夜の静けさをぶち破るような凄まじい轟音が周囲に響いて、地面が揺れた。
「な、なんだ?」
「レティル!あれ」
ガイが城の上方を指差した。そこは城の中央にある建物の上の部分。そこの石壁が、何か大きな力……何かが爆発したように見事に風穴が開き、煙が噴出していた。
それを見てレティルはそこにパドラがいるということを察した。きっとレミュー王を殺そうとして何かを起こしたのだ。
だが、それは同時に事態を急速に悪い方へと誘っている。
「急ごう!」
一刻も早くあの場所へ行かなければならない。
レティルの声を受け、ガイもすぐに頷くと二人は駆け出した。
裏庭を抜け、元来た道を戻り、そして城の中に入ると、当然のごとく、突然の事態に城の中はパニック状態になっていた。
兵士たちが武器を片手に爆発のあった場所に向かう間をすり抜けるように自分たちもそこへ走る。
石の階段を一気に駆け上がったそこが、その部屋だった。
その場にはたくさんに兵士たちと、獣化したパドラ。そして難を逃れたらしいレミュー王が無事な姿でそこにはいた。
「魔物だ!」
「邪神軍の新手だ!」
「王をお守りしろ!」
兵士たちの怒号が飛び交い、それぞれがそれぞれの武器を手にしてフェザーライオンに向かって行く。
だが、フェザーライオンはその飛び掛ってきた兵士たちをその巨大な腕のひと振りで、あっという間に一掃した。
次々と倒れていく兵士たちを尻目に獅子と化したパドラは実父であるレミュー王を手にかけようと一歩、また一歩と近づいていく。
邪神軍と最前線で戦う国に兵士たちの実力は並みのハンター以上の実力のはずだった。それを一瞬で一掃してしまうパドラの戦闘力はやはり相当なものだ。
こんなに実力差があるのであれば、たとえ優秀な兵士だとしても束になって掛かっていったところでやられてしまう。
それにパドラは前もって優秀で実力の高いものは遠征に出している。それはこの行動を起こすために邪魔な存在だったから。
だったらこの城に残っている兵士たちもそんなにはいないはず。
「兵士たちは城下街に行け!」
レティルは叫んだ。
「この事態に邪神軍が、街に攻め入るかもしれない」
「し……しかし、国王陛下をお守りするのが我らの役目!」
兵士たちは口々に意義を唱えるが、レティルはそれを一蹴するかのように叫んだ。
「民を守らないで兵士の役目であるか!兵士は王を守るより民を守るものであれ、それが国を守るということだ!」
もし、裏で邪神軍の連中が関わっているのであれば、この混乱を見逃すはずがない。
もしかしたら邪神軍のモンスター、あるいは魔族が城下街へ攻め入る可能性は高い。
「安心しろ」
ガイがニッと笑みを浮かべて兵士たちに言った。
「俺たちが必ず国王陛下を助ける。だからお前らは街を守れ」
自分たちに何かを感じたのか、一瞬戸惑ったような顔を見せた兵士たちだったが、それぞれ頷き、城下街へと向かって言った。
「行くぞ、ガイ!」
「おう!」
城下街へ行きだす兵士たちをすり抜け、レティルとガイはレミュー王を庇い、パドラの前に立った。
「ほう、あの迷宮の合成獣(を倒してきましたか」
パドラは二人の出現に驚いたように目を見開いて歩みを止めた。
「これは完全にあなた方を見くびっていましたね」
レティルはそう冷静に言うパドラに口元を歪めて鋭い視線を向けた。
「お前の企みを成功させるわけにはいかないんだ」
ふん、とパドラは息を吐き、鼻を鳴らした。そして威嚇するかのように背中にある黒い翼を大きく羽ばたかせ、部屋中に暴風を吹き荒らせた。
部屋に吹き荒れる強風にレティルたちは身体を持っていかれそうになりながら、吹き飛ばされないように足を踏ん張ってそれに耐える。
「ならば、貴方達を倒してしまいましょう!」
びりびりと身体中に響く重い声を発したパドラは巨大な爪を振り上げて襲い掛かってきた。
同時に風が収まり、パドラの鋭い巨大な爪が目の前に迫ってきた。
きいいんという、甲高い金属音がした。ガイが素早く反応して精霊の剣でパドラの爪を防いだのだ。
レティルはそれに連動し、右手で魔法を精製しパドラの腹部に打ち込んだ。
「炎の矢(!」
炎の赤い閃光がパドラの獣毛に覆われた腹部に打ち込まれ、その威力に巨大な身体が二、三歩よろめく。
そして追い討ちをかけるようにガイが剣を下段に構えたまま突っ込んでいき、下から薙ぎ払うように精霊の剣を振るうと、光を秘める刃がパドラの左腕に深い傷をつけた。
「何?強化されたこの身体にこれほどの傷をつけるとは、その剣……一体?」
一振りで深い傷を負わせたガイの剣に驚くパドラは傷を押さえ、初めて不安と戸惑いを浮かべて顔を歪ませた。
「さすがにこの剣は通じるか」
ガイは自信ありげに片笑みを浮かべ、精霊の剣を構え直した。
かつて、勇者アーティアが邪神アウティルーガと戦っていた時に使っていたとされる聖なる剣だ。その威力は他のどの剣の比ではない。
さすがに合成獣(のフェザーライオンだとしてもこの剣の前に、特殊なその身体は役に立たない。
「まさか……」
レティルの背後でレミュー王が痛む身体を何とか奮い立たせて起こしながらガイの持つ剣を見つめ、そしてレティルを見つめて呆然と言った。
「あの剣は『精霊の剣』ではないか。サフィルト王国によって守られていたはずのもの……。それにさっき、兵士たちへの物腰といい、君たちは何者なのだ?」
そうだ、レティルは思い出した。
このレミュー王はサフィルト王……つまり、ガイの実父と親睦があった。ならば事あるごとに行われる儀式や祭典などで用いられる精霊の剣を目にしたことがあるはずだ。
「判りませんか?陛下。あの金の髪と深緑の瞳、見覚えがあるはずですよ」
レティルが背中越しに言うと、レミュー王はガイの動きを追うように見つめる。
やがて、彼の中に昔の面影を見たのか、レミュー王は驚いたように目を見開いて独り言を呟くように言った。
「まさか、生きておられたというのか?あのか弱き王子が……」
「レティル!」
ガイの声に顔を上げるとパドラがこちらに向かって炎の玉を放とうとしていた。
レミュー王が後ろにいる以上かわす事は出来ない。レティルは素早く魔法防壁(を発動させ魔法力で作り出した防壁でそれを防いだ。
「大丈夫か、レティル!」
戻ってきたガイが剣を構えなおしながら背中越しにそう声を掛けてきた。
「大丈夫」
彼の気遣いにレティルは頷いて応え、レミュー王を庇うようにガイの横に並んだ。
「さて、君たちには死んでもらいましょうかね」
巨漢のフェザーライオンはパドラの口調と声でそう言うと床を大きく響かせて、自分たちに一歩ずつ近づいてくる。
「私の身体を簡単に傷つけることが出来るその剣……危険すぎる」
鋭い爪の両腕を振りかざしてきた。
「レティル」
隣のガイが一瞬レティルに視線を向ける。視線が合った瞬間、それが互いの合図となった。
パドラが腕を振り下ろす瞬間、レティルとガイは床を同時に蹴った。
「重力波(!」
レティルはパドラの身体に重力波を浴びせ動きを押さえつけた。そこにガイが突っ込んでいき、精霊の剣を振るう。
きいいんという缶高い音がしてパドラの爪が数本折られた。
「だぁぁ!」
より深く一歩踏み込んで、ガイは振り下ろした剣を切り返し引き抜くように切った。すると巨大な身体に再び傷を作るが、パドラはさっきとは違いひるむ事なく続けてガイに反撃しようと右手を薙ぎ払った。
だが、それをガイは持ち前のバネのある動きでひらりとかわす。
重力波(の魔法で押さえつけたにも関わらずこれだけの動きができるというのはそれだけ目の前にいる存在が常識を超えた怪物ということだ。
その一連の動きを追っていたレティルはガイと入れ違いにパドラの懐に入り込んだ。
「馬鹿め、私に魔法は効きませんよ」
高らかにあざ笑うパドラはレティルに襲い掛かってきた。
魔法の効果が薄いということは身をもって何度も経験している。
「魔道士が魔法ばかりとは限らないんだよ!」
ニッと片笑みを見せるとレティルは握り締めた拳をパドラの腹部に打ち込んだ。そして襲い掛かるパドラの太い腕を蹴り上げると、その足を踏み込んで床を蹴り巨大な方に手を着いて重心としてクルリと回転、着地と同時に大きな黒い翼のある背中に炎の矢(を打ち込んだ。
どおんという音と共にパドラが初めて膝をついて倒れた。
魔道士であるレティルの思わぬ肉弾戦に不意をつかれたらしい。パドラは体勢を保つことが出来ずによろめいたのだ。
「ひゅ〜。さすがレティル。肉弾戦もやるじゃん」
口笛を吹いて茶化すガイに口元をほころばせながらマントを翻して振り返り応えた。
「君ほどじゃないよ」
昔とったなんとやらである。
アルバート王国で次期国王として、そして勇者の後継者として学び、修行したものが今でも皮肉なことに自分の力として役立っているのだ。
魔道士は基本的に力は他のハンター職の者達に比べると低い。言ってみれば力だけであれば一般の者達と大して差はないだろう。
しかし、レティルは魔道士という仮面を被っているだけにすぎない状態だ。その本来の在り方は『魔道士』ではないのだから。
「君たちは何者ですか?」
ゆっくり立ち上がりながらパドラは鋭い視線を向けて自ら浮かび上がったのであろう疑問をぶつけてきた。
「一介のハンターにしては強すぎる力の数々。神秘の剣と魔道士にしておくには惜しい力……戦闘力」
「ハンターさ」
レティルは迷う事なく応えた。
「ただのハンターさ。それ以上でもそれ以下でもないよ……今はね」
今はただのギルドに所属するハンターだ。自分はS級の位を持つ魔道士でガイはA級の位を持つ剣士。それ以上でも以下でもない。
国という立場も何もかも捨てて、今はただ弱い者達を一人でも多く守りたいと願い戦う一介のハンターだ。
「そうですか、ならば」
ぐわっと身体を起こし、パドラはレティルとガイに向き直り、その背にある漆黒の翼を広げた。
「その危険過ぎるハンター達をここで始末してしまいましょう!」
そう高らかに叫ぶとパドラはその不気味で巨大な口を大きく開けた。そのあけた口にパドラの放つ魔力が増幅され、どんどん収束していく。
レティルは反射的にパドラが最大の技で一気に自分たちを消してしまおうとしていることを察した。それほどまでにパドラの魔力は大きくなっているのだ。
「ガイ!」
叫ぶと同時にガイはレティルの思惑をすぐに理解した。彼はレミュー王の傍へ行き、王を庇う。
周囲の空気が一気に邪悪な魔力に満たされていく。パドラの大きく開いた口に集まった魔力がエネルギーを爆発するように閃光を放った。
「闇炎の息(!」
闇色をした灼熱の炎がレティル達に襲い掛かる。それをレティルは魔法防壁(で防ぐ。
「くっ……」
「レティル!」
その放たれたパワーと熱は凄まじいものだった。防壁(を通じて尚、それを作り出しているレティルに襲い掛かり、伝わる灼熱の炎に両手のグローブが焦げて溶けた。
自分の持つ、魔法力を全開にして防壁(を維持し、パドラの吐き出す闇炎の息(を耐える。
自分がここで負ければ全員死んでしまうのを必死で心に叫びながら。
そして、閃光が消えた後、周囲の景色は一変していた。
レティルが守っていた場所を除くその周囲、パドラの闇炎の息(の範囲全てが溶けたように、いや、そこに何も存在していなかったかのように消滅していたのだ。
「なんて、威力だ」
ガイがその信じられない光景を目にしてうめく。
「はっ……」
魔法力を全開にして攻撃を耐え凌いだレティルは疲労感に襲われ息を切らせ膝をついた。
「レティル、大丈夫か!」
ガイがその様子に慌てて傍にやってくると肩を支えるように掴み、その顔を覗き込んできた。
「大丈夫」
肩で息をしながらも顔を上げて、レティルは何とか返した。
このままここでへばっているわけには行かない。パドラのこの高い破壊力をもつ攻撃をもう一度繰り出されたら耐え凌ぐ自信はなかった。
良く考えてみれば大技である合成魔法などを、あの地下迷宮で多用しているのだ。その上にあの威力の攻撃を耐えるというのは無謀としかいえないだろう。
「どうして……こんなことに」
レミュー王が変わり果てた息子を呆然と見つめたまま、未だにこの現実を受け入れることが出来ない様子で呟いた。
「どうしてこんなことを、パドラ」
「どうして……だって?」
高い笑い声を響かせるとパドラは巨大な身体を揺らし、やがて牙を剥き叫ぶように続けた。
「世界が欲しいからですよ。こんなちっぽけな国一つではなく。私はあなたより大きなものの上に立って見せます」
不敵な笑みを浮かべ言い切ったパドラは欲に眩んだ紅い目を不気味に輝かせた。
その言葉に実父であるレミュー王は失望のため息を漏らし項垂れた。
「なんて愚かなことを。そのために邪神軍に加担し、人であることさえ捨てたというのか?」
私利私欲の野望のために、人である事でさえ捨てた息子に失望する父の姿があった。
がしゃんという金属音がした。レティルは反射的に音がした隣を見た。そこにはガイが剣を握り締め立ち上がっている姿があった。
「弱いな、お前」
「何?」
「弱い。欲に負けて、自分にも負けて、父親にも勝てない。力じゃなく心がな」
とん、とガイは自分の胸を親指で指差しでまっすぐパドラを見据えた。
「お前はただ、言い訳をしているだけだ。力が全てだって言って自分の心の弱さから逃げた。力が全てだって言い訳にして」
すうっと精霊の剣の切っ先をパドラに向けてガイは叫んだ。
「言い訳なんてもんはな、血ぃ吐くような努力をしたヤツだけが出来るんだよ!てめぇみたいに戦うことからすら逃げたヤツに言い訳なんてする権利はねぇ!」
「貴様!」
パドラが怒号と共に魔力を全身から放出した。凄まじい力が奔流となって、部屋に凄まじい突風を巻き起こす。まるで台風の中に立っているような暴風。
レティルはレミュー王を庇い耐える。きっと並みの人間ならばこの中にいるだけでもダメージを受け、下手をすれば命すら危ういだろう。
だが、そんな中でもガイは両足を地に着けて、揺らぐ事なく強い瞳をまっすぐパドラへ向けたまま、後ろで束ねた金色の髪と緑のマントを風になびかせていた。
― 言い訳なんてもんはな、血ぃ吐くような努力をしたヤツだけが出来るんだよ!―
その、彼が言い放った言葉。その叫びは彼自身のことを示しているのだろうか?
いや、きっとそうだろう。
そうでなければ、あの幼少の頃では考えられないような今の強さは身に付けるなんて事は出来ない。
彼は、あの邪神軍の攻撃から生き残り、想像も出来ないような努力を積み重ね、今、自分の目の前はいるのだ。
頼もしい剣士となって。
「貴様だけは殺す」
怒りに殺気をみなぎらせた声を発し、その紅い瞳をより一層紅くさせ、不気味な低い声でパドラは言った。
ガイは光放つ剣を迷う事なく構え、パドラに向かって行った。
「はぁぁっ!」
目一杯踏み込んで剣を横一閃する。閃光のそれをパドラは自らの大きな爪で防ぐと甲高い音が響いた。
さっきは折る事が出来たそれが、今度は折れなかった。放出する魔力で強化されているからだ。
それでも負ける事なくガイは立ち向かっていく。怒りで半ば我を忘れ暴れる凶暴なフェザーライオンに。
振り下ろされえる鋭い爪を紙一重でかわし、攻撃に転じる。それの繰り返し。
深緑の瞳は迷いも恐れもなく凶暴に暴れる怪物を見据え、それに応えるように精霊の剣も光を湛え力を発揮する。
彼は成長し、立派な青年になっていた。気弱だった王子が、今や勇敢に巨大で凶暴な怪物に立ち向かっていっている姿がそこには確かにあった。
そうだ、ここで何も出来ずに負けるわけには行かない。あの彼が必死になって強くなったのは何のためだ。
まだ、ふらつく足に力を入れて何とか立ち上がると気力を振り絞るように叫んだ。
「ガイ!」
「レティル?」
突然呼ばれたガイは驚くように振り返り、同時に振り下ろされる爪をジャンプでかわしてレティルの傍へやってきた。
「どうしたんだよ」
「ヤツに致命傷を与える方法がある」
「え?」
レティルの言葉が予想に反したものだったらしくガイは驚き、目を見開く。
そんな彼にレティルは続けて短く告げた。
「ただ、コントロールできる自信がない。未完成なんだ」
魔法耐性に優れたパドラの身体。しかし、それさえも打ち破り致命傷を与える魔法にレティルは心当たりがあった。
だが、それは未完成で、尚且つ、今の魔法力と体力を考えてもうまくコントロールできる自信はないようなものだ。
それでもあのパドラに一撃を与えるのはこれしかない。
「わかった、陛下を守ればいいんだな」
「そうしてくれると助かるよ」
多くを言わなくても理解してくれる彼に感謝してレティルは笑って見せた。するとガイは、
「信じてるからな。当てにしてるぜ、レティル」
と、肩をポンと叩いて剣を背中の鞘に収めレミュー王の下へ向かった。
「何を企んでも勝ち目などありません!」
パドラは闇炎の息(を再び放とうとしていた。
レティルは臆する事なく意識を集中させる。おんという不思議な音と共に足元に光浮かぶのは魔法陣。
「我右には太陽、我左には月。我前には光、我後には闇」
歌うように紡ぐ言葉に呼応し、魔法陣が光り輝く。
まるでその光を掴むかのようにレティルは両手を前に突き出すとまっすぐパドラを見据えた。
「全てを知り全てを能する精霊神よ、我前に立ちふさがりし悪しきものに光の刃を!」
そう叫ぶとかざした両手に光が集まった。それは周囲を白く染めてしまうほどの強い光。
その光を握り締めレティルは両手を身体ごと後ろへ引く。
「この灼熱の炎の前には魔法も無力!闇炎の息(!」
パドラはその大きな口から闇炎の息(を放った。
「光の前に平伏せ、邪悪なる者!」
レティルは同時に光ごと両手をパドラに向かって振りかざした。
「光の閃光刃(!」
両手から解き放った光は凄まじい力となり、光の刃となってパドラに襲い掛かっていった。
闇炎の息(を光の刃が飲み込み消滅させ、尚且つ、巨大なフェザーライオンの身体をも飲み込んでいった。
耳をふさぎたくなる叫び声と、周囲のものを白くしてしまう光。
強大な力の衝突で生まれた爆風、が天井をなくした部屋を突き抜けるように吹き荒れた。
全てが収まった後、そこにあったのは壁の半分を残した無残な部屋、と至る所に深い傷を負い、満身創痍なパドラが紅い血を滴らせ何とか立っている姿だった。
「何だ……っ、あの魔法は」
ひゅうひゅうと喉を鳴らせ、何とか言葉を口にしたパドラだったが、激しく咳き込むと赤黒い塊を吐き出した。
「我は死なぬ……こんなところで」
充血した紅い瞳を光らせる。
レティルは息を切らし、そんなパドラを見た。自分自身も立っているのがやっとの状態だった。
『光の閃光刃(』……光属性の魔法だった。他の魔道士には扱えない、勇者の血筋だから扱える特殊な魔法だった。
威力はある属性なのだが、何せ扱うのはたとえ勇者の血筋であろうと困難なもので、今、この地上で扱えるのは全ての光の精霊に認められたとされる一部の種族の長のみと聞く。
未熟なものが使えば命すら危うい魔法であるということもあり、継承される者もなく、今では歴史の中に生まれた禁断の魔法と言ってもいい。
それ程までに威力があり、また危険な魔法だった。
そんな魔法を万全の状態でないままで使用してしまったレティルの身体は立っているのがやっとの状態だった。
しかし、引き換えにパドラに強大なダメージを与えることが出来た。
ガイが、再び剣を抜きレティルの前に立つ。もうレティルがまともに動くことが出来ないことを彼も察したらしい。
「パドラ、観念しろ。勝ち目はない」
そう低く言って剣の切っ先を向けるガイ。
その時、パドラの目の前の空間が歪んだ。風と共に姿を現せたのは銀の髪に紅い瞳をした魔族だった。
「手酷くやられたな、パドラ」
「ヴィラルダ……ど、の」
パドラがヴィラルダと呼んだその魔族をレティルは見た。銀の髪は乱雑な長さで、切れ目の赤い瞳が鋭い光を放っていた。
「まだ死なれては困るんでな」
ヴィラルダと呼ばれたその魔族はそう誰に言うでもなく言い残すと傷ついたパドラと共に再び風の中に溶けるように消えていった。
「また会うことになるだろう、ハンター共よ」
そう冷たい声を残して……。
「逃げられたか、くそ!」
ガイが悔しそうに呟くと剣を再び鞘へ収めた。
あの魔族のことが気になりながらも、レティルの思考はそれ以上保つことが出来なかった。
息が苦しくてめまいがした。
ぐらりと揺れる床に膝をつく。
「レティル!おい、大丈夫か?」
ガイがレティルの両肩を掴んで揺さぶる。
「おい、しっかりしろ!レティル!」
「ガ……イ」
必死に呼びかけてくる彼に何とか応えようと顔を上げるが、そのまま力が抜けてレティルは意識を失った。
何度も必死に呼びかけるガイの声を聞きながら。
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