ブレイブバスターズ

第一章 冒険の始まる国 大地の鉱石男

 

***   5   ***

 

 薄暗い通路を走り抜け、レティルとガイは再び目の前に現れた階段を降り、石畳の通路を足音を響かせて走った。
 するとやがて強い光が見えて、迷うこよなくそこへ飛び込んだ。
 強い白い光に一瞬目を伏せるが、やがてその光に慣れ、目を開くとそこに広がった光景にレティルたちは立ち尽くした。
 そこにはただ白い壁と床が広がっているだけで何も残ってはいなかったのだ。
「何もない?」
「どういう事だよ、これは」
ガイも何がどうなっているのか判らずに顔をしかめる。
 ここで『何か』が行われていた形跡は確かに残っていた。だが、今はそこには何も残ってはいない。
 状況がまだよく理解できない二人が呆然と周囲に視線を向けているとやがて部屋の奥から足音が聞こえてきた。
 薄暗いその奥から現れたのは人間。皮の鎧を身に着けた戦士のような感じで、顔にはいくつかの傷がある。それは彼がいくつもの戦いを抜けてきたハンターだということを物語っていた。
「ここには何も残ってないぜ」
その男は言った。
「パドラ様の研究は次の段階に進み、場所をもっとふさわしい場所へ移されたからな」
「一足遅かったということか」
レティルがその男の言葉を受けて呟く。
 ここに研究所があったということは間違いない。だが、現状を見ても、そして男の言葉を受けても、その合成獣(キメラ)の研究所はもうどこかに移転された後だということになる。
「もっともパドラ様は最後の仕上げに向かわれたがな」
「最後の仕上げ?」
男の言葉の指すそれが判らずにいると、男は気味の悪い不敵な笑みを浮かべて続けた。
「今頃、父親との最後の晩餐をしている頃。……最も、『最後の晩餐』というのはレミュー国王にとって、ということになるがな」
 それを聞いてレティルは事の重大さを理解した。
 パドラは実父であるレミュー国王を亡き者にし、この国を邪神軍に献上するつもりなのだ。
 一番恐れている事態に事は進み始めている。
 この国は今や世界の要といえる国だ。対邪神軍との戦いでは先陣を切って戦いながらも陥落をしない国であり、現在の世界情勢を考えてもこの国が邪神軍の手に落ちるという事は、世界全てがギリギリで保っている今の情勢を崩すということになり、それはつまり邪神軍に世界が一気に支配されてしまうということもありえるということだった。
 それ程までにこの国は世界の中では重要な国の一つなのだ。
 そんな国の国王を亡き者にしてしまえば後は簡単と言えるだろう。大黒柱を失った『国』という家は、他の柱では支えきれずにもろくも崩れ去ってしまう。
「そんなことをさせるわけにはいかない」
レティルが元来た道を戻ろうと身体を反転させると、重い石の壁が地響きと轟音と共に道をふさぐように地面から生えるかのように出現した。
 あまりに巨大な岩。すぐにこれをどかすのは無理そうだった。
「行かせる訳にはいかねぇな。あんたらには、ここで足止めくってもらうぜ。そしてその身体を実験台に利用させてもらうんだからな」
男は不気味な声を重ねるような声でそう言う。すると同時に男から見たこともないような黒いオーラが出現し、男の瞳が血のような真っ赤な色に変わった。
「まさか・・・魔族?」
男から感じるのは人間が持つ魔法力の類ではなく、間違いなく魔力。それは魔族やモンスター、魔界の存在が持ち得る力だったのだ。
「いや、人間だった。……つい最近まではな!」
男はそう吼えるように言うと周囲の空気を響かせた。そしてパドラの時と同じように嫌な音を発しながら身体を作り変えていった。
 身に着けていた皮の鎧や服は大きくなる男の身体に耐え切れずに砕けて床に無残に皮の欠片となって落ちた。
 物質の変化の常識を覆すその身体の質量の変化は男の身体を3倍近くにしていた。
 そうして出現したのは鉱石男(ゴーレム)。パドラと同じように自分の身体を 合成獣(キメラ)化して、彼はさっき戦った鉱石男(ゴーレム) たちとは違い実験に成功した、いわば成功体だろう。
「さて、相手をしてもらおうか」
鉱石男(ゴーレム)からさっきの男の声がし、男から鉱石男(ゴーレム)に変わったそれは岩で出来た巨大な腕を大きく振り上げてきた。
 レティルとガイは咄嗟にそれをジャンプでかわすと、着地と同時に戦闘体制を取った。
「ガイ、時間がない。一気にケリをつけないと」
「判っってるよ。こんなところで時間を食ってる場合じゃないよな」
ガイはレティルの言葉にそう返すと続けて言った。
「さっきのアレで行こうぜ。俺が時間を稼ぐ」
「わかった」
先ほどの、ガイが鉱石男(ゴーレム)の注意を引いてその間にレティルが合体魔法を精製して放つ……短時間で攻めるには確かにこの方法が一番よさそうだった。
 レティルが頷くのを合図に作戦が開始された。
 ガイが相変わらずの的確で、そして素早い動きで鉱石男(ゴーレム)の注意を引くのをレティルは横目で見ながら、炎系の最高位魔法と風系の最高位魔法を両手に精製して彼の動きにタイミングを合わせて合体させる。
「ガイ!」
レティルの声にあわせてガイはサッと身を引く。すると丁度レティルの前に鉱石男の姿があった。
炎の竜巻(フレアトルネード)
二つの属性の違う魔法を合わせて放たれたその『炎の竜巻』は巨大な炎の渦を維持したまま鉱石男(ゴーレム)に襲い掛かり、その巨大な身体を飲み込んだ。
 白い部屋が炎の赤い光に照らされてオレンジ色に変わり、熱風が部屋を吹きぬけていく。
「やったか」
ガイがそう呟く声を聞いた。だがレティルは炎の中で動く影を見た。
「ダメだ、伏せろ!」
そう叫んだレティルの声と同時に、鉱石男(ゴーレム)に襲いかかっていた炎が一瞬で吹き飛ばされ、白い壁を黒い煤で焦がした。
 咄嗟に身体を伏せたので吹き飛ばされた炎の直撃を受けることはなかったが、それに伴って発生した熱風がローブを通して身体にも熱く伝わった。
「やはりなかなかだな。さすがS級ハンター……レティル=セティ『精霊の魔道士』と呼ばれるだけの事はある」
消えた炎の中から再び姿を現した鉱石男(ゴーレム)は左腕の肘より先を失っていて、それをわざとらしく自分たちに見せるように高々と掲げた。
 先ほどは二体同時に倒すことが出来たのにも関わらず、この鉱石男(ゴーレム)は左腕を奪っただけである。
 同じ魔法で威力も変わらないはずなのにどうしてこんなにも差が出てしまったのか?
「どうやって防いだのか気になるよなぁ」
鉱石男は余裕の声で続けた。
「元々俺は戦士だったが、魔法も得意でね」
そういうと鉱石男は無事だった右腕を上げてその腕を炎に包んだ。
「魔法……?」
普通の、一般的なモンスターの鉱石男(ゴーレム)は魔法を使うことは出来ない。それは当たり前であり、また今まで遭遇した合成獣(キメラ)鉱石男(ゴーレム)はあからさまに魔法を使うものなどいなかった。
 だが、それは人間としての自我と能力を生かすことが出来なかったからであり、それが出来る合成獣(キメラ)であれば確かに可能なのかもしれない。
 合成獣(キメラ)で一番厄介なのがこういうことだった。自分たちの予測を上回る事態が目の前に大きな壁となって現れ、ペースが乱され危機に陥ってしまう事態になる。
 きっとこの鉱石男(ゴーレム)はレティルの放った魔法を魔法防御壁(マジックバリア)で防いだのだ。いくら威力のある合体魔法とはいえ、魔法は魔法だ。魔法防御壁(マジックバリア)であればダメージの軽減は充分できる。だが、威力がその魔法防御壁(マジックバリア)を上回ったのか、はたまたタイミングが間に合わなかったからなのか、左手を犠牲にしてしまったようだ。
「それにもう一つ面白いことを教えてやろう」
おもむろに肘から先を失った左腕を振り上げた鉱石男(ゴーレム)は傍にあった白い壁に触れた。
 すると、めしめしという岩がきしむ音がしたかと思うと白い壁から岩が生えるようにその左腕に集まり、壁から腕が生えるかのように腕が元の通りに再生されていたのだ。
「俺の身体は特別でな。素材さえあれば身体を再生することが出来る。ここは地下だ、素材ならいくらでもある。それがどういうことなのかお前らにもわかるだろう?」
絶望的な宣告を読み上げられているようだった。ここ地下で、周囲にはいくらでも岩や土、石などがある。つまり、鉱石男(ゴーレム)の言うとおりであればこの場所にいる限り何度でも身体を再生することが出来るということになる。
 つまり、自分たちがここから出るにはあの鉱石男(ゴーレム)を倒すことが最優先であるが、鉱石男(ゴーレム)は不死身のように何度でも再生してくる。
 パドラがこの合成獣(キメラ)をどうしてここへ残して足止めをさせたのかようやく理解した。 この鉱石男(ゴーレム)だからこそパドラはここへ残して時間稼ぎを命じたのだ。
 万が一鉱石男(ゴーレム)が負ける事態になったとしても、この地下室の周囲にいくらでも再生の材料はある。その間に時間を稼ぐことは充分に可能だ。
 パドラの狙いはそれだったのだ。
 自分が国王を亡き者にしようとしていることを悟られそうになっている者、もしくはその可能性があるものを除外して確実に計画を実行しようと。
 だから、レティルとガイはうまく利用されこういう事態になっているし、国の兵士で優秀な者達は国の秘密事項だとして国の外に遠征に出し、警備を手薄にしたのだ。
 下手に兵士を殺してしまうより安全で確実な手段というあたりでパドラの姑息さが伺える。
「どうやら完全に嵌められたらしいね」
レティルは唇を噛んだ。
 方法が決してないわけではない。この鉱石男(ゴーレム)を倒す方法が、ないわけではない。
 それは合成獣化するときに使用されたヴェルトゥ鉱石を探し、それを破壊してしまうという手だ。しかし、ヴェルトゥ鉱石見つけるのは難しいだろう。ましてやこの巨体で、そして同じ岩で出来ている身体。うまく隠すにはもってこいである。
「さぁ、続けるか」
鉱石男(ゴーレム)は冷たい声を発し、再び攻撃を始めた。
 本来、鉱石男(ゴーレム)が持つ破壊力のある力押しの攻撃に加え、普通ではありえない魔法を使った攻撃にレティルとガイはあっという間に追い詰められていった。
 例え反撃して、ダメージを与えたとしてもすぐさま再生されてしまう。つまり、闇雲に攻撃を繰り返していても、それだけでこちらの体力は消耗するばかりである。
 鉱石男(ゴーレム)が竜巻を放ってきた。レティルはそれにすぐさま反応すると同じ魔法で打ち消した。
 だが、その隙をつくように大きな腕を振い、かわすタイミングを逃したレティルはそれを受けて吹き飛ばされた。
「レティル!」
地面に叩きつけられる寸前でレティルの身体をガイが受け止め、抱えたまま鉱石男(ゴーレム)の次の攻撃をかわした。
「大丈夫か?レティル」
まだレティルの身体を支えたままのガイは鉱石男(ゴーレム)に視線を向けたまま声を掛けてきた。
 レティルはその言葉に応えようとしながらも声が出なかった。
 このまま戦い続けていても、やがてこちらの体力がなくなりやられてしまうだけ。
 戦えば戦うだけ、敗北に、死に確実に近づいていっているだけだと悟ってしまったから。
 何度も何度も再生する鉱石男(ゴーレム)。ある意味、この状況では不死身と言ってもいいだろう相手にどう戦えというのだろうか?
「ダメかも……しれない」
レティルは無意識にそう呟いた。
「レティル」
勝ち目が薄いことはガイだって理解しているだろう。こんな相手に逃げ道すらなくしてそう思わない人間などいない。
 どおんという大きな音がしたと同時にレティルの身体が浮く。鉱石男(ゴーレム)が攻撃してきたのをガイがレティルの身体を抱えたままジャンプでかわしたのだ。
 同じような身長の男を軽々と抱えて攻撃をかわしてしまうガイの横顔を見ると、彼の深緑の瞳はまっすぐ鉱石男(ゴーレム)を見つめていた。その瞳はまだ、何もあきらめていない、強い光を宿しているように見えた。
 着地したガイはレティルの肩から手を離すと顔を上げた。
「まだ、あきらめるのは早い」
誰に言うでもないように、独り言のように小さな声でガイは言った。
 鉱石男(ゴーレム)がガイに向かって巨大な岩の拳を振り下ろしてきたのはその時だ。だが、ガイはそれを避けようともせず、自分の両腕で受け止める。
 突然のガイの行動にレティルは驚いて叫んだ。
「ガイ! 一体何を!」
歯を食いしばって、そのとてつもないパワーの鉱石男(ゴーレム)の攻撃を受け止めているガイは強い瞳を相手にまっすぐ睨み付けるように向ける。
「ふざけんなよ ……」
食いしばる歯から零すようにガイが言葉を口にすると、そのまま今度はガイ自身の想いをぶつけるかのように叫んだ。
「ここで俺たちが諦めたら、誰が世界を守るんだよ!」
想いの叫びと共に、ガイは全身の力を集中し、そして持ち前のバネを利用して巨大な岩の拳を押し返し蹴り上げた。
 鉱石男(ゴーレム)の巨漢がよろめく。
 レティルはガイの言葉にハッとなった。
 『世界を守る』その使命と宿命を担うべき勇者『アーティア』の末裔としての自分自身の運命を思い出す。
 八年前のあの日……、父王と母王が、邪神アウティルーガを甦らせたあの日、自分は自分の国であるアルバート王国を失い、そしてその国の王子であることを、レイティーラル=アーティア=アルバートであることを捨てた。
 全ては父と母の罪を背負うため。
 世界はまだその真実を知らないが、それでも両親がしてしまったことの罪の大きさを誰よりもわかっているから、勇者の末裔である自分が生きていることを言うことは出来なかった。
 だからと言ってその志まで捨てたわけではない。捨てたわけではないからこそハンターとなって戦い続けているのだ。
 なのにいつの間にか、それを自分はどこかに置き忘れてしまったのだろうか?
「一介のハンターが言うじゃねーか。ただのA級ハンターのくせに」
鉱石男(ゴーレム)はガイに身体を向けて、笑った。
 そんな鉱石男(ゴーレム)にガイはただまっすぐな、強い瞳を変える事なく言う。
「一介のハンターでも、『守りたい』って気持ちは同じなんだよ。お前だって守りたいものがあったから戦ってたんだろ!」
「俺は金が欲しかっただけだ。ハンターになれば、仕事は気剣だが、その反面、良い金になる。……だが、実際はどうだ。金をもうけているのは上級ランクのハンターばかりだ。だから、俺はパドラ様の計画に乗ったんだ。見返りをたくさんくれるからな!」
高らかな笑い声を上げて鉱石男(ゴーレム)はその巨体を揺らした。
 私利私欲のために、この男は悪魔に魂を売り渡してしまったのだ。そうすることで世界がどうなろうとも自分には関係ないとでも言いたいのだろう。
 狂っている、この男も、そしてパドラも。自分さえよければそれでいいと思っている。
 こんな相手に自分がどうすることも出来ないことが無性に腹が立つ。決定的なダメージを与えたとしても再生する身体を、合成獣(キメラ)の身体を維持しているヴェルトゥ鉱石さえ破壊できればいいのだが、魔法耐性が高い合成獣(キメラ)な上に魔法まで使われたのでは一撃であの巨体を消滅させるほどの魔法を食らわせるのは無理だ。
 どうすれば、目前の絶望を打ち砕くことが出来るのだろうか?
「てめぇは、不死身だと思ってるんだろうな」
ガイが不意にそう口を開く。突然のことでレティルもそして鉱石男(ゴーレム)も視線をガイに向けた。
 するとガイはそれを待っていたかのようにゆっくりと続ける。
「残念だけど、それはお前の勘違いだ」
「何?」
初めて鉱石男(ゴーレム)に戸惑いの声が浮かんだ。ごごっという岩の擦れ合う音をさせて足を止めた。
 そんな鉱石男(ゴーレム)を見上げたガイが片笑みを浮かべた。
「お前の中にある合成獣(キメラ)化するために使われるヴェルトゥ鉱石……そいつさえ破壊すればお前の身体は維持できなくなって消滅する」
「何を言うかと思えば」
くつくつと低い笑い声をもらした鉱石男(ゴーレム)は屈めた身体を伸ばしながらガイを睨み付けるように見下ろす。
「そんな小さな鉱石をどうやってこの身体から見つけるんだ?」
「見つける必要なんかないぜ。全部粉々にしちまえばいいんだからな!」
ガイは高らかにそう叫ぶと背中に背負っていたそれの布を剥がした。
 ずっと布に包まれていたそれは、やはりレティルの思ったとおり『剣』だった。ただし、それは普通の剣とはまったく違っていた。
  布の下から姿を現したのは神々しいまでに美しい光を放つ柄を持つ剣だったのだ。
 宝石をはめ込まれている剣にガイは手を掛けると構えた。
「我、アーティアの名と血を継ぐ者。アーティアの名に於いて命ずる。邪悪なる者とその力。滅する力を我前に示せ」
流れるようにガイが言葉を紡ぐとそれに呼応するかのように神秘的な剣は光を強くした。
「『精霊の剣』、今、封印を解かん!」
きぃんという共鳴するような甲高い音が地下に響いた。
 光を放つ剣が、ガイの背にある鞘から金属音と共に引き抜かれ、その全貌を現した。
 空色を基調とした刀身。
 その刀身には小さく輝く石が埋め込まれていた。
 美しいそれはまさしく神々の加護を受けた『聖剣』といえるだろう。
「『精霊の剣』」
レティルはガイによって光と共に引き抜かれたその剣を呆然と見つめる。
 『精霊の剣』、それをレティルは知っていた。
 いや知っていると言う話以上だ。
 あの剣はかつて自分と共に、あのアルバート王国にあったものなのだから。
 勇者アーティアが邪神アウティルーガと戦ったときに掲げられた神秘の剣。それはサフィルト王国で厳重に封印されていた。
 だから、あの混乱時にきっと邪神軍の手に落ちて封印されているだろうと思っていた。
 だが、もう見る事はないだろうと思っていたそれが、今、自分の目の前で光を放って存在していた。
 伝説の勇者アーティアが使っていた『聖剣』である『精霊の剣』が。
 ガイはその剣を手に構えて鉱石男(ゴーレム)を見据える。そして白い床を蹴り、光放つ聖剣を振りかざして鉱石男(ゴーレム)に向かっていった。
「そんな剣一本で何ができる!」
ひるむ事なく、また鉱石男(ゴーレム)も迎え撃ち、ガイに襲い掛かろうとしていた。
 しかし彼はその動きに動ずる事なく剣を振り上げる。すると剣の放つ光がますます強くなり、周囲を光に包み込んだ。
 ごおっという低い風を切る音と共に鉱石男(ゴーレム)の拳がガイに迫る。それと同時にガイは足を踏み込んで光と共に剣を一気に振り下ろし一刀両断にした。
 剣は光の巨大な閃光となり、あの巨大な鉱石男(ゴーレム)の身体を飲み込んだ。
 光に飲み込まれた鉱石男(ゴーレム)は耳をふさぎたくなるような甲高い断末魔と共に身体を砕かれ、白い床に砂となって落ちる。
 たった一撃の攻撃であの鉱石男(ゴーレム)は再生する暇もなく砂に返されたのだった。
「こうしちまえば、再生なんて無理だろ」
聖剣を手にしたままガイは鉱石男(ゴーレム)だったものを見下ろしてそう呟くように言った。
 彼の手に握られているそれはまるで生きているかのようにキラキラと光り続けている。それを手にしたままガイはゆっくり振り向いてわずかに笑みを見せた。
 『精霊の剣』は力を失う事なく存在していた。勇者アーティアの血族にしか使えないだろうとされているそれが、力を失う事なく彼の手の中にある。
 まさか……、レティルの脳裏に浮かんだそれをすぐに信じることは出来なかった。
 生きているはずはない。そう思っていたから。
 自国、アルバート王国が邪神軍によって陥落した日、また同じく勇者アーティアの末裔だった国、北の島国サフィルト王国も同じように邪神軍によって滅ぼされた。
 そのサフィルト王国にいた、一つ年上の王子。
 生まれてから、帝王学や剣術、武術、魔法など、国を担う未来の王として、そして勇者アーティアの血族として日々鍛錬してきた自分。
 だが、自分と同じように鍛錬をしなければいけないはずのサフィルトの王子は戦事は一切駄目で、いつも大人しく部屋に篭って本を読んでいることが多かった。
 たまに外にいる姿を見かけたとしても、穏やかな表情で動植物と戯れている姿を見る事が多い、気の優しい、そして少し弱虫だった王子。
 レティルの中でずっと封じるように押さえ込んでいたあの時代の記憶が甦ってくる。そのサフィルトの王子は流れるような金の髪と深い緑の瞳が印象的で、優しい眼差しでいつも動物や植物を見つめていた。
「まさか……そんなはず」
戦事は駄目、ましてや剣術や武術などは怖がりさえして全然出来なかったあの王子が、邪神軍の手から生き残れるなんて誰が思うだろうか。
 それに、そう。
 目の前にいる彼は確かに容姿こそ重なるものはあるが、当時の王子からは想像できない。
 気が弱くて優しくて、本を読んだり、動植物と戯れるばかりであったあの王子とはかけ離れすぎているのである。
 しかし、あの『精霊の剣』を使えるのはアーティアの末裔だけ。アルバート王国の王族の唯一の生き残りである自分を除けば年恰好を考えても浮かぶのはあの王子だけである。
「レイティーラル=アーティア=アルバート」
ガイはためらう事なくレティルの本当の名を、八年前に捨てた王族としての、勇者の末裔としての自分の名を呼んだ。
「ずっと探していた……八年間。きっと生きているって信じていたから。助けになりたくて、それで……強くなって」
 そう言うと彼はまっすぐにレティルを見つめる。その瞳はずっと忘れていたあの純粋な深緑の瞳と同じものだった。
「ガムイール=アーティア=サフィルト王子?」
自然とレティルの口から発せられたその名はサフィルト王国の第一王位継承者の、その名だった。
 名をレティルが言った瞬間、ガイは懐かしそうな、それでいてどこか寂しそうな表情を浮かべながら頷いて応えた。
 信じられないことだった。アーティアの血を受け継ぐ末裔は自分しかもう残っていないと思っていたから。人知れずそれを隠していても、行く先々で勇者を失い絶望する人々を見るたびに胸が痛んで、どうしようもない喪失感を感じでいた。
 誰にも何も言えず、たった独りで勇者としての使命を背負い、戦ってきた。
 でも今、八年という年月を越えて彼がこうして自分の前に現れた。同じアーティアの末裔であり、そして国を失った、彼が。
 信じられなかった、信じられないくらい嬉しかった。
「レティル、俺は役に立てたかな?」
少し、眉を顰めて言うガイにレティルは嬉しさのあまりに言葉がすぐには出てこなかった。ずっと一人で、この先もそうだと思っていた。辛くはないと自分に言い聞かせて旅をしていた。
 でもやはり、背負うものに押しつぶされそうになる時もある。
 本当は『誰か』に『判って』欲しかったのかもしれない。
「もちろん……だよ」
レティルはこみ上げてくるものをぐっと堪えて笑って見せた。
「ありがとう」
たった一言、それしか言えなかった。どう表現していいのか判らない。でも本当に嬉しいし、彼が生きていてこうしてこんなに強くなって自分の前に現れたことに頼もしく思えた。感謝していた。
 そんなレティルのたくさんの気持ちをガイは感じたのか、本当に嬉しそうに笑って頷いた。
「よし」
気合を入れなおすようにガイは声を上げると身体を反転させて出現した岩の壁に向き直った。
「話したい事もあるけど、それは全部後回しだ。急いでレミュー王のとこへ行こうぜ、レティル」
お互いに話すことは、話したいことはたくさんある。
 でも、今はそんなときではない。自分たちには世界の命運がかかっている『やらなければいけない事』がある。
 感動の再会はそれを片付けてからすればいいのだ。
「パドラを止めなきゃいけないからね」
レミュー国王を殺そうとしているパドラの元へ一刻も早く向かわなければ。
 ガイはレティルの言葉を受けると黙って頷いて手にしていた『精霊の剣』を一閃した。すると道をふさいでいた巨大な岩は剣の凄まじい威力で砕かれ道が開けた。
「行こう!」
二人は急いで地下迷宮を脱出しレミュー国王の下へ急いだ。

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