ブレイブバスターズ

第一章 冒険の始まる国 大地の鉱石男

***   4   ***

 

 ぴちゃん、という雫が落ちる音が次第にはっきり聞こえてきた。ふっと浮き上がってくるような感覚に身を任せ、やがて瞳をゆっくり開く。
 すると薄暗い石壁の景色が霞む視界に入ってきた。
「レティル、
気がついたか?」
声が頭上から聞こえてきて、レティルは無意識にその声の方に視線を向けた。
 そこにはガイがいて、心配そうに自分を見下ろしている。
「ガイ……」
声を発すると身体中がきしむように痛んだ思わず顔をしかめる。
 どうしてこんな所にいるのかすぐには理解できないでいたが、次第に記憶がはっきりしてきて、何があったのかを思い出す。
 レティルは、痛む身体に力を入れて何とか起き上がった。
 自分たちはあのパドラ合成獣(キメラ)にやられたのだ。
「おい、レティル。まだムリはするなよ」
「大丈夫だよ、大したことはないから」
気遣うガイにわずかに笑みを見せてレティルは上半身を起こした。
 確かに身体中に痛みは残っていたが動けないほどでもないし、どこか骨が折れたりしているということはなさそうだった。
 それに幸いにも、自分たちの装備は一切外されていないらしい。ガイも、背中に背負われている剣らしい、布に包まれたそれも身に着けていて、変化はない。
「それにしても、ここはどこ?」
レティルは周囲を落ち着いて見回してみた。
 周囲は相変わらず薄暗く、空気は冷たく、湿っていた。四方にあるのは暗闇の石壁で、どうやらまだ地下室にいるらしいことは判る。
「地下牢らしいぜ」
そう言うとガイはレティルの背中の向こうを指差した。
 そこにあるのは鉄格子。彼の言ったとおり、自分たちは牢屋の中にいる事を表していた。
「悪かったな、レティル」
不意にポツリとガイが声を漏らしたので、レティルはどういう意味の言葉か理解できずに彼を振り向いた。
 するとガイは視線をふいっと外してしまうとその視線を下に落とした。
「役に立つどころか足手まといになっちまってさ」
悔しそうにそう呟く彼の言葉にレティルは驚いた。
 確かに、フェザーライオンとはまともに戦うことは出来なかったのは事実だ。
 だが、あの場面で彼の剣が折られるなんてレティルも、そして彼自身思っていなかったはずだ。
 逆に言ってしまえば、鋼で出来た剣さえも簡単に折ってしまうだけの力があるということを誰が予想できただろうか……。
 それに、レティル自身だってあのフェザーライオンとは、まともに戦うことは出来なかったのだから、責める権利などあるはずもない。
「悔しいのは俺も同じだよ。それに俺だってまともに戦えてなかったんだから気にする必要なんかない。相手を完全に見くびっていたよ」
王宮の人間で、しかも国王の息子であり大臣という地位のある役職についている人間であるということで、疑うこともなく相手の策略に見事に嵌ってしまったのだ。
 それに合成獣(キメラ)の力は一度、肌で経験しているはずで、それに対応した戦い方が必要だったのだ。にも関わらず相手の心理戦に嵌り、怒りに任せて行動してしまい、このざまだ。
 次はむざむざとやられるわけには行かない。
 自分だってS級のハンターとして今までそれなりに戦ってきたのだ。魔法の効果のない相手とだって戦ったことも、自分より強いであろう上級魔族とだって戦って生き残ってきた。だから、今の自分がある。
 それにはそれなりの戦い方があるのだ。
 それらの経験上、決して勝てない相手ではないと、レティル自身は思っていた。もっともそれは相手の実力の底が自分の予想通りだったらということではあるが。
「さぁ、とにかくここを抜け出そう」
レティルはまだ少し痛む身体で立ち上がると、鉄格子の傍に行って見てそれに触れてみた。
 これといって特別なものではないさそうだった。魔法を掛けられたものでもないし、特殊な金属でもない。これならば何とか抜け出せそうだ。 自分の魔法も封じられている気配はないし、魔法でこれを破壊すればいい。
「抜け出すって……どうするつもりなんだよ」
「普通の鉄格子みたいだし、風の魔法で切っちゃえばいいから、大したことはないけど……。でも、問題はその後だよね」
パドラを見つけ、研究を止めさせなければならない。
 そうしなければこれから先、もっとたくさんの犠牲者が出るだろう。
 それにパドラが実験に成功し、成果を上げれば邪神軍にとって有益な力となり、奴らに力を持たせてしまうことにもなる。
 そしてそれは同時にこの国や世界そのものが脅威にさらされるということになるのだから。
 問題はその研究室がどこにあるかということだ。もっともこの地下の中のどこかにはあるのだろうが、それを見つけるまでが大変そうだった。
 何の仕掛けもない場所に自分たちを無防備な牢屋に押し込んでおくはずなどないのだから。
「なぁ、レティル。ヤツは一体何がしたいんだ?」
ガイの問いかけの声にレティルは振り向く。
 すると彼はさっきと同じ姿勢のまま地面に座り込んだ状態で視線だけをレティルに向けていた。
「自分も合成獣(キメラ)にしちまったんなら、もう実験は必要ないだろ」
「最終目的が自分が合成獣(キメラ)となることならね。でもたぶんそうじゃない」
もし、ガイの憶測の通りならば自分自身を合成獣(キメラ)している時点で計画は終了しているはずだ。
 だがそれでもまだ続けているということはそれが最終目的ではないということ。
 未だに行方不明になっているハンターたち……それを考えるとパドラはまだ研究を続けているはずだ。
 そしてそれはきっと、パドラ自身の忠実な配下を作るためであろうとレティルは読んでいた。自分の持ち駒を増やしたいのだろう。
 それも生半可な戦力ではない持ち駒を。
 そうまでして戦力を持ちたいというのには理由があるだろうが、それにはおそらく邪神軍も絡んでいるはずだ。
「理由ははっきりしないけど、でもパドラは自分の配下を増やして戦力を持ちたいんだと思う。それがたぶん合成獣(キメラ)研究の根本だった……そう思うんだ。そしてそれには邪神軍が絡んでいると読んでる」
「なるほどな。ヴェルトゥ鉱石の件を考えてもそれが妥当だな。あの鉱石が手に入る主だったところは、今じゃ邪神軍の占領地だ」
レティルの説明にガイも納得したのか何度も頷き、そう呟いて手を口元に当てた。
 バァルの森で戦った鉱石男(ゴーレム)が落としたヴェルトゥ鉱石。それは今はとても貴重なものであるという理由の大きな要因は採取される場所が現在は邪神軍の占領地となっているサフィルト王国の鉱山だからだ。
 そしてそれはこの合成獣(キメラ)研究に邪神軍が関わっているという決定的な事でもある。
 ガイは立ち上がるとレティルの傍に立ち、鉄格子を睨み付ける。
「とにかく、ここを抜け出すことが先決って事だな。後のことはここを出てからなんとかなるだろ」
もっともというか、彼らしい意見というか……確かにここで考えて行動を止めている場合でもない。
 とにかくここを抜け出してパドラを止める事が、今は先決である。
 レティルは彼の言葉に頷くと一歩下がるようにガイに指示を出し、そして自分も同じように少し下がって構えた。
風の刃(ウインドカッター)」  
魔法で風の刃を精製したレティルは、それを利用して鉄格子をバラバラに切り裂いた。
 がらんがらんという鉄の落ちる派手な音が響き、二人はそれを踏み越えるようにして牢屋を飛び出した。

 

 

 

 

 薄暗い地下室の中であるにも関わらず、そこはまるで昼間の用に明るかった。
 周囲はむき出しの石壁ではなく、白いレンガの壁に覆われたその広い部屋は、明かりらしいものは何もなかったが、それでも明かりを保っていられるのは天井に植えられている光ゴケのおかげだった。
 壁と同じような白い床には複雑な模様の魔法陣がいくつも描かれていて、その魔法陣から光のバリアが発生していた。
 その光のバリアの中には人間であり、また一部はすでに人間ではなくなった者たちが光の海に浮かぶように漂い眠っているという異様な光景が広がっていた。
 あるものは人狼(ワーウルフ)と、あるものはゴブリンと、またあるものはゾンビとなり、死してなお、生かされている。
 魔法陣の中心にいる者達は全て合成獣(キメラ)化した人間たちだ。両手両足、身体、顔、それぞれがモンスターの一部と化している者達がこのフロアには何人もいる。
 そんな者たちの周囲には白いローブを着た者達が忙しそうに行き来していた。特別な魔法石から作られた、掌ぐらいの長方形状の測定機械を使い測定した合成獣(キメラ)化している人間たちの状態を調べ、手元の紙に次々と記録している。
「パドラ様、今回はほぼ全て順調です」
黒い髪の、肌の白い、小柄な中年男性が、様子を見守っていた金髪の青年姿に戻っているパドラに声をかけてきた。
「そうか、では引き続き頼むとしましょうか。そろそろネズミもうろつき始める頃でしょうから、あくまで慎重に。ネズミたちを誘い出したら準備をお願いしますよ、博士」
口元に楽しそうな笑みを浮かべるとパドラは中年の男にそう返した。するとその男はそれを承諾し頭を下げると忙しそうにしているほかの研究員たちのところへ足早に向かって指示を出し始めた。
 パドラは再び部屋の様子を眺めるように見つめる。
 牢屋に入れていたあの2人がそろそろ牢屋を出てうろつき始める頃だろうと思っていた。あの牢屋には仕掛けなどは一切していないし、彼らの武器や魔法も封じてはいない。勝手に動けるといえば動けるのだから。
 もちろん、それはパドラの考えの一つではあった。彼らを自由にして合成獣(キメラ)の最終実験をしたいのだ。そう、どこまで合成獣(キメラ)があれほどの実力者と渡り合えるかという……。
 もっとも、この地下に放した合成獣(キメラ)は実験の失敗作なのだ。彼らは人間としての知性も、頭脳も何もなかった。ただモンスターの欲望に支配され、ターゲットを見つければそれを殺すまで戦い続ける……バーサーカーのようになってしまった。パドラとしては使えない代物だったのだ。
 だからこそ、実験に利用できると思ったのも事実。
 その凶暴性さえコントロールできれば、強力な戦力として自分の言うことを聞く駒をたくさん手元に置くことが出来るのだから。
「お手並み拝見と行きましょうか」
余裕の笑みを浮かべさえしてパドラは両腕を組んだ。
 白いローブの男たちが行き来するフロア。この場所はパドラが集めた研究員達が思う存分、合成獣(キメラ)の研究をするために国王に黙って建設させた特殊な地下室だ。
 ここに集められた研究員たちはとても優秀だった。だが、優秀すぎて人の社会からははみ出したもの達ばかりでもあった。
 モンスターと人間の合成獣(キメラ)化……これは本来ある錬金術師が言い出したことだった。
 そう、モンスターに人間の知性を植え付け、コントロールすることが出来れば人間にとっての脅威も減り、尚且つ邪神軍に対抗できる強力な力となると、声高に叫んだものがいたのだ。
 だが、その者は人の倫理に外れたと恐れられ、やがてある国で処刑されたらしいという。
 それをパドラは国賓から聞いて知り、自分自身その錬金術師の考えに賛同したのだ。
 表だってそれを言えばどうなるかは自分にはわかっていたが、研究には興味があった。
 パドラはこっそりとその錬金術師の文献を集め、研究した。パドラは幼い頃から人並みはずれた魔法力と頭脳を持っていたから、その難しい文献を充分理解できた。
 読んでみれば読んでみるほどその実験に興味がわいたパドラはある日、思い切って国王にそれを持ちかけてみた。
 すると、国王……いや、父はそれを拒絶したばかりか、そんな恐ろしい考えを持つ者は自分の息子ではないといい、一度は勘当したのだ。
 それが2年前の話だ。
『順調に進んでいるようだな』
少し低い声が反響するように自分に聞こえてきてパドラは周囲を見渡した。だが、誰かが声をかけてきた様子はない。パドラは思い当たる節があり、傍の壁に掛けられている鏡を見た。
 するとそこに写っていたのはパドラの姿ではなく、銀の髪が少し顔にかかっている、鋭い赤い瞳が印象的な魔族の男だった。
「ヴィラルダ殿ですか」
その姿に恐れる様子もなく、優雅に頭を下げて見せるとパドラは鏡の前に立った。
「ご心配頂きましてありがとうございます。邪神軍、参謀様」
皮肉をこめるようにパドラが言うが、表情を崩さないのはさすが邪神軍のNo.2といったところだろうか。
 鏡に写っているのは、まさに今、この地上に復活し、再び世界を混沌に落とした邪神アウティルーガの右腕であり、邪神に次ぐ能力を持つとされているほどの力を持つ魔族、ヴィラルダだった。
 ヴィラルダはパドラが発した皮肉に興味がないように、特に触れることもなく用件を伝えた。
『研究室の場所は確保した。移動はいつでも可能だ』
「判りました。ではさっそくこちらの準備と最終実験を始めましょう」
そろそろこの場所にも限界を感じていた。大事になり始めてきたハンターの行方不明事件もこのまま大きくなると国が動き出すことにもなりかねない。
 そうなると後々ややこしいことにもなる。
 そうなる前に、ここを移動させてしまうことをパドラはヴィラルダに申し出ていたのだ。
『この研究はアウティルーガ様も大変関心が高い。成果が上がれば喜ばれるであろう』
「もちろん……成果を期待していてください、ヴィラルダ殿」
そう、自信をこめた笑みを浮かべるパドラにヴィラルダはそれ以上は何も言わずにすうっと鏡から消えた。すると、その鏡は何事もなかったかのように普通の鏡へと戻りパドラを写していた。
 鏡を通して対面していても感じる威圧感は身体中を圧迫するようなものだった。
 物腰こそ静かではあるが、身に纏う空気は凄腕の魔族であることを伺わせるには充分なものだった。
 パドラがあのヴィラルダと出逢ったのはこの国を一度は追い出されたときだった。その時、偶然にも邪神軍に出会ったパドラはうまく取り入って自分の研究のことを話し、そしてヴィラルダに気に入られたのである。
 やがてヴィラルダがその合成獣(キメラ)研究に資金と助力をしてやろうといってきた。交換条件に邪神軍の仲間になること、そして人間であることを捨てることというものがあったが、同時に実験が成功し、成果が上がれば世界が征服されたときその1つの大陸を納めることを了承してくれた。
 こんな魅力的なことがあるだろうか……パドラは思った。この国にいてもいずれは決して大きくはない国を治め、邪神軍に怯えながら戦うしかない。だが、邪神軍に入れば、そんなことに怯える必要も、また小さな国一つで満足することもないのだ。
 そんな魅力的な悪魔の囁きにパドラは頷くまでに時間は掛からなかった。
 それからパドラは改心したように見せかけこのレミュー国へ戻り、国王に仕えるように大臣になった。それで表向きは父親に貢献する孝行息子という風に見せていたのだ。
 そして水面下ではこうやって邪神軍の援助のもと、研究を始め、また自分と同じように処刑された錬金術師の理論に興味を持った者達が次々と集まりだしたのだ。
 彼らもまた、自分と同じように危険な思想を持つ者とされ、迫害されていたもの達ばかりで、人間に対して不信感を抱いていたこともあってか、魔族と手を組むことを拒むものは誰一人としていなかった。
「さぁ、最終段階の実験を始めようか」
自らの回想を打ち切るかのように呟いたパドラは低く笑った。
 もうすぐ夢だった実験が最終段階を迎える。あとはどれだけの力を持っているかという実験を実戦で試してみればいい。
 そうして成果が出れば、あとは大量生産に入ればいいだけの話しだ。

 そう、もうすぐ……。自らの夢も野望も叶う時がすぐそこまで近づいている。

 

 

 

 

 

 レティルとガイの二人は地下牢を抜け出すと、その一番奥にあった階段を降りた。
 するとそこはモンスターが出現する迷宮だった。
 だが、幸いだったのがそこに出現するモンスターが全部、通常のモンスターばかりだったということだろう。おかげで大した苦戦もなく倒していけた。
 しかしそれでも遭遇頻度が高い分、やはり足止めはされていた……。
 目の前には人狼(ワーウルフ)の群れがいた。低い唸り声を上げた次の瞬間にはレティルとガイに一気に襲いかかってきたのである。
 しかし2人はそれにひるむこともなく立ち向かう。
炎の矢(ファイアアロー)
レティルは素早く魔法で作った炎の矢を放つ。放たれたそれは次々と人狼(ワーウルフ)達に襲いかかり焼き尽くしていった。
 そして残った数人の人狼(ワーウルフ)をガイが軽い身のこなしで次々と素手の格闘で倒していった。
 こうやってずっと迷宮の中のモンスターを倒してきた2人は手馴れた様子で人狼(ワーウルフ)の残骸を見つめた。
「雑魚程度なら素手でも充分だな」
背に背負う剣らしいものを使う様子はまったくないガイは、腰につけていた剣の鞘を時には武器に利用したりして迷宮のモンスターたちと戦っていた。
「君は剣士よりも武道家のほうが向いてるんじゃない?」
剣をなくしてもそれなりに戦い、それで充分にモンスターを倒してしまう彼の姿を見てきたレティルは思わずそう呟くように言った。
 剣士としての彼の実力も相当のものだが、この身のこなしの格闘術は充分武道家としてもやっていけるような気がしてならないのだ。
「師匠の修行を受ければこうなるぜ。そうじゃなきゃ命の保障なんてなかったんだからな」
そう返したガイはその師匠と呼ぶ人との修行を思い出したのが少し顔をしかめていやそうな顔をして肩をすくめた。
 一体どんな修行だったんだ……レティルは想像してみるが、それが一体どれほどのものなのか自分には想像できない。どんな修行を積めばこれほどの動きをする剣士になるのだろうか?
 そう、思わせるほどにガイの運動神経はずば抜けていたのだ。これが生まれ持っていたものではなく修行のみで身につけられたというのであれば、それは想像しがたい修行だったのだろう。
「なんだかちょっと怖そうだね」
「ちょっとじゃ、すまねぇけどな」
レティルの呟きにガイはそう苦笑して返すとまだ先が続きそうな迷宮の奥を指差した。
「早くここを抜けようぜ」
 ここに入り込んで何度もモンスターに遭遇し、足止めを食らってきながらも随分と奥まで進んだ。この地下が王宮の下に出来ている事を考えてもそろそろ出口か階段が見えてきてもいい頃だ。
 石を蹴る足音を響かせながら2人はまた走り出した。
 その後、何度かまたモンスターに遭遇はしたものの、同じようにレティルの魔法を中心にしてガイの格闘術とのコンビネーションであっという間にねじ伏せるとやがて迷宮の出口らしい場所に辿り着いた。
 だが、そこではやはりというか……。
「やっぱりね」
 バァルの森でのと似た現象が目の前で起きると、やはり自分たちの身体の一回り大きい鉱石男(ゴーレム)出現したのだ。しかも今回は二体。
「今まで出てこなかったから、そろそろ出てくるだろうな〜って思ってたんだよね」
目の前に立ちはだかる2体の鉱石男(ゴーレム)はおそらく合成獣(キメラ)であろう。それを見上げてレティルは小さく息を吐いた。
 今まで遭遇したモンスターが通常のモンスターだったのでおかしいとは思っていたが、どうやら最後にそれは残されていたらしい。
 どこかで必ず出てくるだろうと予測はしていたのだ。
 だが、呑気なレティルの呟きにすぐ横でガイが抗議の声を上げて怒鳴る。
「お前! 『そろそろ出てくるだろうな〜って思ってたんだよね』じゃねーだろうが! どうすんだよ、二体も!」
ご丁寧にガイはレティルの口調まで真似てそう言うと目の前の鉱石男(ゴーレム)を指差した。
 確かに彼の言うとおり、普通に考えればこの状況は危機以外の何者でもないだろう。通常の魔法は効かないのだろうし。
 だが、彼には背に背負っている布に包まれた謎の剣がある。
「君、その剣……使わないの?」
「あぁ? これか……こいつはいざって時しか使わねぇの」
レティルの疑問にそうあっさり返してきたガイにレティルは、どう考えても今がそのときじゃないのか? と言い返したくなったが、あえてそれは飲み込んだ。
 無駄な言い争いをしている場合ではない。鉱石男(ゴーレム)はそんなやり取りをしている間にすっかり戦闘体勢を整えて岩の腕を振り上げてきた。
「来るよ!」
2人はそれをさっと目視すると一瞬で判断しその場から飛びのいた。
 岩の腕が石の床に叩きつけられる轟音が響いてわずかに迷宮が揺れた。
「レティル、後ろ!」
ガイの声がレティルの耳に聞こえるのと同時に背後を振り返った。するとそこには拳を振り上げたもう1体の鉱石男(ゴーレム)がいたのだ。
 だが、それを着地した反動を利用して連続でかわすと空中姿勢のまま魔法を放った。
氷の矢(フリーズアロー)
放たれた氷の矢は鉱石男(ゴーレム)の地面に打ち込まれた腕を凍りつかせることは出来たが、すぐにその氷を自ら砕いて見せた鉱石男(ゴーレム)は何事もなかったかのように吼えた。
 やはり、通常の魔法は効果がないらしい。
「レティル、どうするんだよ!」
ガイが鉱石男(ゴーレム)の攻撃をかわしながら叫んだ。
 確かにこのままでは一方的にやられてしまうかもしれない。
 だが、レティルには策があった。
 魔法が効かないというのには理由は二つある。
 一つは属性の問題。魔法や特殊攻撃には大体属性というものがある。火・水・風・土・光・闇の六大精霊に基づく属性だ。
 だが、属性にもそれぞれ相性や耐性といったものが存在する。その属性に秀でた耐性をもつ場合も少なくはない。そういった場合はそれらの属性の攻撃はほとんど効果はない。
 そしてもう一つは魔法耐性が高いということ。これはパドラがそうだったように魔法に対する防御力がずば抜けている状態であれば、魔法の攻撃はどんな属性であっても通用はしないだろう。
 しかしこれらは万全な防御ではない。
 属性であるのであれば、耐性の高い魔法や攻撃以外のもので攻撃してしまえばダメージを与えることは出来るし、魔法耐性が高い場合はその耐性を上回る魔法力の魔法をぶつければ耐性が高くてもダメージを与えることは出来る。もちろんそれを大きく上回っていれば一撃で倒すことも可能だ。
 この目の前にいる鉱石男(ゴーレム)合成獣(キメラ)であることを考えるとおそらくバァルの森で遭遇した鉱石男(ゴーレム)と同じようにエレメンタルスライムを合成していると思われる。
 だったら二つのうち後者が当てはまる……ということは魔法耐性を上回る魔法力の攻撃で魔法を放てばこの鉱石男(ゴーレム)を倒すことは充分に出来るということだ。
「このままじゃ、やられちまうぞ! どうすんだってば!」
ガイが必死に叫ぶ声に、レティルはようやく応えて返した。
「ガイ、少しの間でいいから二体を相手にしていて!」
ようやく返したレティルの返答に安堵する間もなく、ガイはレティルの言葉に驚いて声を裏返した。
「はぁ? 何言ってんだよ。こんなの俺一人でなんとかしろってか?」
無茶なレティルの注文にガイはそう怒鳴り返してきたが、レティルはあっさりと言い返した。
「発動に時間がかかるんだ。確実に仕留めたい。少しでいいから頼むよ」
詳しい説明をしないままのレティルの言葉にガイは何か言い返してくるだろうかと思ったが、彼もだいたいレティルの行動を読み取ったのか、はたまた信用してくれたのかわからないがあっさり頷いた。
「わかったよ! 努力する。あてにしてるぜレティル」
片笑みさえ浮かべるガイにレティルは片手を上げて応え返した。
 鉱石男(ゴーレム)の相手は彼に任せることにして、レティルは少し距離をとった。
 彼ほどの実力があれば充分に鉱石男(ゴーレム)の相手をしてくれるだろう。運動神経、反射神経、戦闘力、どれをとっても相当なものだ。
 だから後は彼に任せて自分は鉱石男(ゴーレム)を倒す攻撃を全力で放てばいいだけである。
 レティルは両手に違う魔法を精製した。右手に炎の最高位の魔法を作り出し安定させる。そしてそれを放たないまま右手に維持して今度は左手に風の魔法の最高位の魔法を作り出し安定させた。
 目の前ではガイが鉱石男(ゴーレム)相手に軽い身のこなしで翻弄している姿があった。
「ガイ!」
名を叫ぶと、彼の視線がこちらに一瞬向けられた。目線が交わる事で二人の意識が繋がったかのようにそれぞれの考えが伝わった。
 ガイはうまく身体を動かしタイミングを合わせて2体のゴーレムを一ヶ所集め、そしてガイはさっとその場を離れた。
 それにあわせてレティルは両手のそれぞれの違う属性の魔法を合わせるように両手合わせ、鉱石男(ゴーレム)に向かって放った。
炎の竜巻(フレアトルネード)
炎と風の最高位魔法を合わせ一つの魔法として鉱石男(ゴーレム)に向かって放った。
 レティルによって作り出された炎の竜巻はあっという間に鉱石男(ゴーレム)2体を包み込み、自分たちの身体の一回りは大きい鉱石男(ゴーレム)を焼き尽くした。
 その二体の鉱石男(ゴーレム)を包み込んだ炎の竜巻は凄まじいエネルギーを持っていて、魔法効果を示さなかった鉱石男(ゴーレム)たちを灰にするだけの魔法力を持っていた。
 その場に残ったのは熱風と焦げた匂い、そして静寂だった。
「すげ……、何だよ今の。あんな魔法、知らねぇぞ」
鉱石男(ゴーレム)たちであったもの達の灰を呆然と見つめガイは独り言のようなトーンで呟いた。
 それももっともだろう。レティルが放ったのは異なる属性の魔法同士を合体させ、精製したオリジナルの魔法といっていいだろう。
「合体魔法ってところかな。威力はあるんだけどね……発動までに時間がかかるんだ」
 二つの魔法を同時に作り出すことが出来ないので、一つ作って安定させてもう1つを作るという方法しか今のところ出来ないのだ。
「ガイがいてくれたからだよ。ありがとう」
「そう言ってもらえると付いてきた甲斐があったな」
レティルの言葉にガイは、にかっと褒められた子供のような無邪気な笑顔を見せた。
 静けさが戻った地下迷宮に少しホッとして肩の力を抜くと、レティルは気持ちを入れ替えるために大きく息を吸い込んだ。
「とにかく先へ急ごう。パドラを止めなきゃ」
「ちょっと待った」
先へ行こうとするレティルを制止したガイは何を思ったのか鉱石男(ゴーレム)だったものの灰の山に近づくとその灰の中から何かを拾い上げた。
 鉱石でも、また見つけたのだろうか……そう思ったレティルだったが戻ってきたガイが見せたものは意外なものだった。
「ギルドのA級ハンター証(カウル)だ」
ガイが掌に乗せて見せたそれは確かにハンターが持っているカウルだった。そしてそのカウルの中心に埋め込まれている宝石は赤い宝石……つまり、A級ハンターが持っていたものということになる。
「レティル、まさかあの鉱石男(ゴーレム)は……」
ガイの言おうとしていることをレティルもすぐに理解する。
 あの鉱石男(ゴーレム)たちはただの合成獣(キメラ) ではなく、人間を合成した鉱石男(ゴーレム)だったということだ。
 しかも行方不明になっているハンターたちを実験に使った鉱石男(ゴーレム)合成獣(キメラ)で、そしておそらくは実験の失敗作だったのだろう。
 さっき対峙した合成獣(キメラ)はパドラの様に人間としての理性は欠片もなかったのだから……。
「実験に失敗した……人間たちを捨て駒に使ったんだ。俺たちの実力を測るために」
地下牢に特殊な加工をしなかったのも、ここへ誘い込むための罠だった。
 いや、おそらくバァルの森へ誘い込んだのもパドラだとするのであれば、あれも同じように合成獣(キメラ)の成果を測るための実験だったのだ。
 実力を持つハンターと戦わせてどれだけ通用するのかを計るための。
「ガイ、急ごう。これ以上研究を続けさせれば犠牲者が増える」
「でも、相手は人間だぞ……それでも戦うのか?」
ガイの言葉ももっともだ。
 確かにここから先出てくるであろう合成獣(キメラ)は全て人間を合成獣(キメラ)化したものだろう。戦うということは合成獣(キメラ)化された人間を殺すということになる。
 無関係な人間を―――。
「でも、ここで止めなきゃ犠牲者は増える。非情かも知れないけど、こんな実験を続けさせればもっと悲しい犠牲者が増えるだけだ」
迷って歩みを止めて、ここで見逃してしまえば、もっとたくさんの無関係な犠牲が増えていくだけだろう。
 合成獣(キメラ)化される者、その合成獣(キメラ)に殺される者……。
 揺らぐことのないまっすぐな瞳でレティルはガイを見つめた。
 彼は一瞬面食らったように目を見開くが、やがてふぅっと小さく息を吐くと同時に静かに目を閉じ、そしてゆっくり開いた。
 ガイは笑みをわずかに浮かべてレティルに応えた。
「確かにお前の言うとおりだな。逃げてる場合じゃない。判った、先を急ごう」
ガイの言葉をレティルは頼もしく思いながら頷くと、先に駆け出したガイの後を追うようにレティルも走り出した。

 パドラとの再決戦はすぐ傍まで近づいていた。

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