| 第一章 冒険の始まる国 大地の鉱石男
*** 3 ***
陽が沈んで周囲が夜の闇に包まれた頃、レティルとガイは夜の闇に紛れるようにレミュー城下街へと戻った。
夜になると一部の場所を除いて人の通りはほとんどなくなる。一応狙われている身なのであまり人目につくわけにはいかないという理由から、わざわざ夜になるのを待ったのだ。
二人は街に戻るなり迷う事なく向かう場所、そこは―――。
「マールタ」
ガイを最初に訪ねて行った宿屋に戻った2人は、フロントのカウンターにいた女将に声をかけた。
すると彼女は二人の姿を目にするなり驚くように目を見開いて動きを止めた。
「レティル……あんた」
レティルが目の前にいることが信じられないといったように呆然とし、よろめいた。
「どういうことか説明してくれる? マールタ」
責めるでもなく、レティルは出来るだけ穏やかにそう問いかけた。
レティルは彼女が何らかの鍵を握っていると思っていた。
最初、それが浮かんだ時は自分でも信じられない思いがしたが、それでも考えれば考えるほど彼女しかいなかったのである。
ガイを探していることを知っていて、尚且つ留守であることを利用しても不自然ではない人物。あのギルドで会った男に伝言を頼める人物。
これらに当てはまる人物は彼女しかいなかったのである。
だが、それはレティルの予想でしかないことだったのだが、彼女の表情や仕草を見てそれが間違っていなかったことを知った。
「マールタ」
もう一度、念を押すように名を呼ぶとマールタは促され、ゆっくりと口を開いた。
「仕方なかったんだ……あの子の、息子の為には、あんたを騙すしかなかったんだ」
「息子?」
思わぬ言葉にレティルとガイは目を見合わせた。どうしてこの話に彼女の息子が関わってくるのか判らなかったからだ。
「息子ってどういうこと?」
「息子は城で兵士をやっていてね。でもそこで警備に関する情報を邪神軍に売ったって言われて。だからそれをもみ消してやる変わりに、レティルあんたを……」
そこまで一気に言うとマールタは嗚咽を漏らしながら涙を流し、何度も謝罪の言葉を呟きながらカウンターに突っ伏してしまった。
「その話を持ちかけてきたやつが、怪しいな」
ガイが納得顔で頷いていた。
明らかにマールタを利用したという所だろう。それも彼女に息子がいて、その彼が王宮兵をしていることを知っている人物だ。
レティルは泣いているマールタの肩を優しく掴んで顔を上げさせると問いかけた。
「その話を持ちかけてきた人物は誰だか知ってる?」
「知らない。見たことのないヤツだった。でも王宮の紋章が入った剣を腰に付けていたし」
レティルの問いかけにマールタはのろのろと答えた。
どうやら相手はこの城下街に住む人間ではない可能性が高い。
王宮の紋章が入っていたものを身に着けていたということは、それは彼女を信用させるための一つの手に過ぎない。
宿屋をやっていて、しかも人付き合いのいい彼女のことだ、街に住んでいる人間ならば商売柄、顔を覚えている人間の方が多いだろう。
だが、まったく手がかりがないわけではない。繋がる道はかろうじて示された。
彼女の息子である。
彼女の息子が今回の一件に絡んでいるかどうかは判らないし、無関係な場合の方が確率としては高い。だが、彼女の心配を考えると先にその息子の安否と事実を本人に会って確認した方がよさそうだ。
「ガイ、城へ行こう。そこでマールタの息子に会ってみるしかない。無駄足になるかもしれないけど」
「そうだな」
ガイはレティルの提案に頷くとマールタの顔を覗き込むようにして言った。
「息子さんの名前を教えて。俺たちで確かめてくるからさ。でないと女将さんも安心できないだろ?」
「でも」
戸惑ったように顔を上げ、視線を泳がせる彼女に向かってレティは大丈夫と微笑んだ。
「俺たちの実力はマールタだって知ってるはず。だから、何かあっても大丈夫だよ。とにかく確かめないとね」
「ありがとう」
二人の言葉にマールタは大きく頷いて口を開いた。
「息子の名前はティムというんだ。王宮の警備兵だからお城に行けば会えるはずだよ」
「わかった。マールタはここにいて。一応ギルドで護衛のハンターを手配しておくから、心配しないで」
理由はどうであれ、彼女は相手の思惑に『失敗』しているのだ。仕向けた人間が黙っているという保障はないし、もしかしたら口封じに何か仕掛けてくるとも考えられる。
とりあえず、彼女の身の安全は確保しておいた方がいいと判断したのだ。
「ガイ、俺は一度ギルドへ戻る。今日はもう休もう。明日、城へ行く」
朝になれば城の出入りも可能になる。それに城内ではいくらレティルを狙っている人物がいたとしても、うかつに手を出すことも出来ないし、周囲を巻き込むような手段に出ることもないだろう。
それに今日はもう遅い。明日から本格的に動いた方がいい。
「判った」
ガイも、レティルの言葉に同意して頷いた。
ガイは元々この宿屋に泊まっているので、この宿屋で別れた。
レティルは一度ギルドに戻り、マールタに護衛をつけてもらうように登録を済ませ、そして自分も宿屋に戻り休むことにした。
翌朝、レティルとガイは合流し城下街の北にあるレミュー城へと向かった。
城の前の関所で自分たちの身分と足を運んだ理由を明かし、そして城内に入った。
レミュー城は基本的には一般人には解放されてはいないのだが、理由と身分がそれ相応のものであれば城内への立ち入りを認められる場合が多い。
なので、二人もそれを認められたということであっさりと城の中に入ると、そのまま城の兵士たちが常駐している師団室へ向かった。
とりあえず、そこで二人はマールタの息子ティムについて話を聞こうと思ったのである。
ところが……。
「え? いない?」
そこにいた兵士に話を聞いてみると、ティムは三日ほど前から遠征に行っていて城にはいないという。
マールタの話では城の警備兵だったはずなのに、遠征に行くというのはどういうことかと尋ねてみたら
「ガルザ師団長と一緒に何人か……この間の兵士同士での大会で優秀だったものばかりだけど、その連中と極秘任務とかでどこかに遠征に行ったよ」
という答えが帰って来た。
話の真実が見えてこないが、とにかく今、この城にいないことだけは確かなようだ。
ついでにマールタの言っていたティムが警備情報を邪神軍に売り渡したという話を聞いてみると
「腕は強いが、正義感は人一倍なあいつにそんなことできるわけがない」
と、一蹴されてしまった。
どうやらティムという人物は腕も立つようながら、人柄もなかなか良いらしいということは判った。
だが、ここまでで途切れてしまった。
結局はティム本人に会うことは出来なかったからだ。
しかし、一応安否は確認できたのだから良かったというわけではあるが、レティルを狙う人物について繋がる情報ではない。
振り出しに戻ってしまったのである。
これ以上、ここに居ても話は聞けないと思ったレティルとガイは師団室を後にした。
「さって……これからどうする?」
師団室を出るなりガイがそう口を開いた。
完全に行動が止まってしまった。
黒幕どころがレティルを狙うように仕組んだ人物にまで辿り着かない。
もっとも、マールタに接触した男が彼女の息子と関わっていたという事実は、最初からなかったわけなのだから、期待する程のこともなかったなのだが。
街へ一度戻ってマールタに接触した男か、もしくはギルドに伝言を持ってきた男のことを調べた方はいいだろうか?
街でウロウロしていれば自分を狙う奴らがまた仕掛けてくることもあるだろうし、その方が手っ取り早いかもしれない。
「ガイ、一度街に戻ったほうが……」
「あの……レティル様とガイ様でしょうか?」
「はい?」
背後から突然声を掛けられて、レティルとガイは少し間抜けな声で応えながら振り返ってみた。するとその視線の先には使用人の姿をした男が姿勢を正して立っていた。
「大臣のパドラ様がお二人に是非会いたいと申しております」
そう男は静かに言って頭を下げた 。
突然のことで二人は顔を見合わせた。一国の大臣から直々に面会を申し込まれるなどそうそうあることではない。
極稀にに国から直接ハンターに仕事を依頼されることもないわけではないが、大抵ギルドを通しているのでそういった場合でも面会に至ることは滅多にない。
「一体どういう用件で俺たちに面会を希望されているのでしょうか?」
レティルは大臣が自分たちに面会を希望している意図を探ろうとして使用人の男に問いかけたが、その男は首を横に振った。
「私は理由を存じません。パドラ様が面会を希望されていたのは事実です。丁度お二人がお見えになったと関所から連絡を受けまして、こうしてお話をさせていただいた次第です」
理由は判らないらしいが、ここまで言われてしまっては会わないわけにはいかないだろう。
レティルはガイに視線を向けた。彼もどうやら同じことを思っていたらしく、すぐに頷き返してきたので、レティルはそのまま使用人に向き直ると言葉を続けた。
「判りました、お会いしましょう。案内をお願いします」
そうレティルが言うと使用人の男は深々と頭を下げた。
二人は案内されるまま、城の北の塔に向かった。
そこは城内の北にそびえ立った塔だった。
その高さは城の全体よりも高く、どうやら見張り台の役目も持っているようだ。
塔に入ると何人もの兵士とすれ違った。
塔は五階まであり、その五階のフロアが大臣の部屋のようだ。フロアに到着して廊下に出るなりすぐのところに見張りの兵士がいた。
その兵士に自分たちを案内していた男は声をかけ、小声で何か耳打ちすると、その兵士はそのまま道を開けてくれた。
その奥、王宮の門が入った扉があった。その前に立つと男は声を上げた。
「パドラ様。ギルドのハンター、レティル様とガイ様をお連れしました」
「中へ通してくれ」
中からそんな声がした。
声の感じからしてまだ若い男のような印象を受ける。
二人は通されるまま中に入ると、ここまで案内してきた男は頭を下げ、部屋を静かに出て行った。
中はやはり一国の大臣というだけの事はあって高貴な雰囲気をもつインテリアばかりだった。
そして、 それには似合わない、古い書物が高貴な本棚にたくさん詰め込まれてあるのが印象的な部屋だ。。
そんな部屋の主が部屋の一番奥にある書斎机から立ち上がるとレティルとガイの前に歩いてきた。
金色の髪に青い瞳。そして白い肌がいかにも王宮の人間らしさを醸し出している。
見た目、年齢は自分たちの少し上といったところだろうか。だが、大臣という役職の人間であることを思えば若すぎるほどだ。
こちらの驚きを見透かしたように目の前の男は言った。
「大臣のパドラといいます。お若いとお思いでしょう? 実は私はこの国の王の息子なのです。いわば親のコネというヤツでしてね。将来の王としての身。いろいろ学ぶためにこの地位に就いております」
そう言いながら二人を部屋の中心にある立派な皮製のソファーに座るように勧めるので、二人はそれに従うようにソファーに腰掛けた。
「それで、どうして我々に面会を?」
レティルがそう本題を切り出すとパドラは2人の前に腰を下ろしながら話し始めた。
「簡単なことです。お二人とも相当の実力をお持ちだとかねがね伺っております。そこで私から『仕事』を依頼したいのです」
「仕事?」
「ええ、お二人ほどの実力ならば難しいことではありません。あることを調べて欲しいのです」
パドラはそう言うと声のトーンを落とし、改めて話し始めた。
「もう、知られているとは思いますが、ハンターの行方不明事件のことはご存知ですね」
大臣からの思わぬ言葉にレティルは驚いて目を見張った。
普通に考えて、一国の大臣がハンターに仕事を持ちかけてくること事態が珍しいというのに、それに加えて今、自分たちが追おうとしている上級ハンターの行方不明事件の事と言う事になると驚かない人間などいないだろう。
どういう事なのかと相手の出方を待っているとパドラは続けた。
「こちらでもギルド側から何とかならないかと申しだされていましてね。極秘で調査を進めてはいたのですが、どうも魔族が関わっている可能性が高く、うかつに動くことが出来なくなってしまったのです」
「魔族……」
確かにありえない話ではない。
上級クラスのハンターが行方不明になるぐらいなのだから、裏に魔族が絡んでいないとは言い切ることはできない。
しかし、魔族がわざわざ上級ハンターを一人ずつ、しかも罠を仕掛けて待ち構えるだろうか?
相手にしてみれば確かに邪魔な存在なのだから消してしまいたいという意味では、わからなくはないのだが。それだとこんな回りくどい方法を取るだろうかという疑問は残る。
「その根拠はあるのですか? そもそも魔族だとして、どうしてこんな回りくどい方法を?」
レティルが改めて疑問をぶつけてみると、若い大臣は小さく息を吐いて首を横に振った。
「根拠と呼べるものは見つかったわけではないのですが、証言では魔族をこの国の周辺で見たという話があります。理由などがはっきりしているわけではないので、我々も尚更、手を焼いているのですよ」
彼自身もまだ、よく判らない部分が多いらしく手をこまねいている状態らしい。
もし、魔族が裏で何か絡んでいたとしたら何か目的があるはずだ。それがなんなのか判れば、突破口は見つけられるかもしれない。
今、自分たちが持っている情報は上級クラスのハンターが行方不明になっているという事実と、その行方不明事件に関わっているであろう人物が今度はレティルに目をつけ始めたということ。そして、そのためにガイやマールタを利用したということ。
あとはバァルの森で合成獣に襲われたという事―――。
沈黙が部屋を支配する中、ガイが組んでいた腕を解いてパドラに視線を向けて口を開いた。
「そちらで他に何か判っている事はないのですか?」
「……実は」
一瞬の間ののち、パドラは口を開いた。
「あるモンスターを極秘の地下牢に幽閉してあります。そのモンスターは今まで生息が確認されているモンスターとは似て非なるものなので、もしかしたら何か関係があるのではいか思い、調査しようと」
それを聴いた瞬間、レティルの脳裏にあの合成獣(であった鉱石男(が過ぎった。
「レティル」
ガイもそう思ったらしい、小声で名を呼ぶと脇腹を突いてきた。視線を合わせて互いに頷き合うと、レティルは改めてパドラに向き直った。
「そのモンスター、見せてもらえますか?」
二人はパドラに案内され、極秘に建設されたという地下牢に向かった。
そこは一般の罪人が収容される場所ではなく、何か有事の際に手に負えないものを幽閉するために作られたらしい。
北の塔を出た後、一度そのまま城の中庭に出る。そして外壁を伝うように歩き、外へ出た。
するとその城の裏手にある、芝生の生えた場所に出て、そこにポツンとレティルたちの身長と変わらないほどの大きさをしたペガサスの石像があった。
パドラはおもむろにそれを押すと、ごごっという石が地面に擦れる重い音と共に石像は簡単に動き、その場所から地下に通じる階段が現れた。
こんな人目を忍ぶような場所に、尚且つ隠し階段にして隠してある地下牢に、レティルは何か重要な意味を感じた。
それはまるで周囲に、そう、国王にすら知られてはいけないものを隠すというような……そんな気がしたのだ。
でなければ、人目のつかない場所に加えてわざわざ隠し階段を作る意味などないのだから。
引っかかるような気はしたのだが、レティルの不安をよそにパドラは用意していたランプに魔法で火を灯すと中に降りて行った。
「行こうぜ、レティル」
ためらうレティルを促すようにガイが背中を叩くと先にパドラの後を追い地下への階段を降りていった。レティルも意を決してその後に続いて足を踏み入れる。
地下へと続く階段は明かりもなく足元はあまり見えないぐらいで、ひんやりとした空気が頬に当たり、尚更不気味さを感じさせた。
先頭を行くパドラの明かりを頼りにレティルとガイは地下へと続く階段を降りていく。
石造りの階段を降りる足音だけが響く中、しばらく降りていくと、やがて地下のそこに到着した。
だがそこは、ただ闇が広がっているばかりで、明かりもパドラが持っているランプしかない。地下牢という話にも関わらず他に明かりらしいものはないのである。
「地下牢ですよね、ここ」
レティルとガイは周囲を改めて見回してみたが、やはり明かりといったものは見当たらないである。
ただ、暗闇しかないその空間には不思議なことに自分たち以外の気配が感じられない。そう、ここに幽閉してあるというモンスターの気配が感じられないのだ。
おかしい……そう思って、レティルはパドラに視線を向けた。
「一体どういうことですか? モンスターの気配がない。ここにはいないようなんですが?」
「いますよ」
パドラは静かに言った。
その瞬間、空気が確かに変わった。まるでそこにあった冷たく湿った空気を裂くような禍々しい魔力が、一気に膨れ上がる。
レティルは反射的にその魔力の源を伺う。それは確かに目の前にいる金色の髪の青年から発せられていた。
「大臣?」
「いますよ……ここにね」
低く、そして氷つきそうなほどの冷たい声が暗闇に響いた。
白い青年の肌が金色の獣の毛に覆われていく。手足は見る見る太くなり、その手先足先には大きく、鋭い爪が生えていた。
めきめきという関節がきしむような音がすると、いかにもひ弱そうだった青年の身体が根本から変わっていく。
あっという間に自分たちよりも大きくなったその身体。
そして、その整った唇からは白い牙が生え赤い舌が不気味に牙の間から覗くようにちらついていた。
綺麗だった金色の髪は赤みがかった橙色へと変化し、頭から首へと鬣(の様に伸び、そして青い瞳は欲望を映したような紅色に変わった。
そして咆哮と共にその背中からは漆黒の翼がばさっという風切り音と共に生えたのだった。
「フェザーライオン!」
それは翼を持った獅子のモンスター……フェザーライオンだった。
大臣パドラがフェザーライオンに姿を変えたのである。
「私は、人間以上の力を手に入れたのですよ」
目の前のフェザーライオンが人間の言葉を話した。その発せられた声はパドラそのものである。
「魔物の強力な能力を持ち、尚且つ秀でた人間の知識を持つ、究極の存在」
「ま……さか、合成獣(」
レティルは呆然とモンスターを見て呟いた。
モンスターは基本的に他の動物と同じようにそれほど知能的には高くない。ましてや人間の言葉を理解し、話すモンスターなんて稀だろう。
だが、目の前にいるフェザーライオンは人間の言葉を、しかもパドラの声と口調で話したのである。
そこで浮かんだのが合成獣(という存在だった。もしかして彼は自らを実験台にしてしまったのではないかと考えたのだ。
そう、自分自身を合成獣(したのではないかと…。
「じゃ、こいつ……自分の身体を合成獣(化したっていうのかよ!」
ありないといった風にガイが叫んだ。
そう、普通ならこんなことはありえないのである。
だが、今……現実的にそこに存在しているのだ。
人間とモンスターを合成して生まれた合成獣(が…。
「でも、こんなことが簡単に出来るはずがない」
モンスター同士の合成だって合成獣(がそうそう存在しないことを考えると、簡単に出来ないことが想像できる。
もし、簡単に出来るのであれば、邪神軍が利用しないはずはないのである。
合成獣(をたくさん製造して、送り込めばもっと戦況は邪神軍の有利に持ち込めるはずだからだ。
なのにそうはしていないということは、合成獣(というものが簡単に作り出されるものではないと言うことだ。
「そう、君の言うとおり、苦労しましたよ」
フェザーライオンは不気味に口元を歪めて笑った。
「実験しても失敗ばかりでしてね。モンスター同士の成功率はそれなりに維持できたのですが、人間とモンスターというのはなかなか……。極端に成功率が下がってしまいましてね」
「実験、だって?」
その言葉にレティルは顔を歪めた。
「じゃ、上級ハンターたちは」
行方不明になっているハンターたちはパドラの実験台にされたのだということを悟る。
人間とモンスターの合成獣(を成功させるために。
怒りが身体の置くから湧き上がってくのを感じた。血がそれに応えるように脈打って身体中がかっと熱くなる。
その湧き上がる怒りは身体中が震える程で、同時にやり場をなくしたマグマのように熱を持ち、身体中を駆け巡る。
人間じゃない。目の前の存在をレティルは睨み付けた。レティルの紫の瞳が怒り狂う炎の様に輝く。
「なんてことを」
握り締めた拳が震えた。
何人の者が犠牲になったか判らない。だが、確実なのはパドラが人間の命を弄んだという事だ。
すぐ横で人が動く気配がした。そこにいたガイが力強く足を踏み出して、右腰の剣の柄に左手をかけていたのだ。
「てめぇ……人の命をなんだと思ってやがるんだ!」
怒りのこもった彼の叫びが暗い地下室に響き渡る。ガイは左手でためらう事なく剣を引き抜き、両手でそれを構え振り上げた。
「ガイ!」
きぃぃんという甲高い音が響いた。
「な……っ」
振り下ろされた剣はフェザーライオンを傷つけることは出来なかった。
巨大な爪で防がれたことにより、その強固な爪に負けるように剣の方が真っ二つに折れてしまったのだ。
折れた刀身がざんという音と共に暗く冷たい地面に突き刺さる。
フェザーライオンの姿をしたパドラは剣を折った爪をそのまま振るった。その想像を超えたスピードと力にガイの長身な身体は簡単に吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。
「ガイ!」
がんという派手は音と共に叩きつけられたガイは苦痛に顔を歪め、ずるずると壁をずり落ちるようにし、地面に倒れこんだ。
ガイが決して弱くないことを知っている。いや、彼ほどの実力者を自分は他には知らないだろう。今まで出逢ったどんなハンターよりも強い。
だが、それほどの実力をもつ剣士をたった一撃で倒してしまう。
レティルは本能的に悟った。この合成獣(は上級魔族……それこそ邪神軍の幹部クラスの魔族と同等の実力を持っているだろうということを。
後手に回ればやられると判断したレティルは身体を後方へ下げると同時に右手を前に突き出し呪文を唱えた。
「吹雪呪文( !」
たくさんの氷の結晶が吹雪となりフェザーライオンに襲い掛かった。
「この程度の魔法は効きはしませんよ」
咆哮を上げると周囲が揺れるほどの声。それと同時にレティルが放った魔法はかき消されていた。
おそらく自分の身体全体から魔法力を放出して打ち消したのだろう。
普通のフェザーライオンには出来ない芸当だ。これこそまさに合成獣(の力。
もともとフェザーライオンそのものがとても強い。モンスターの中でもかなりのレベルの高さを持つモンスターだ。
そのモンスターと人間の知恵と、その者の持つ魔法力を加えれば、確かに魔族に匹敵する能力を得られる。
真正面から戦いを挑んでも魔法は弾かれてしまうだろう。一瞬の隙を突いた攻撃を繰り出して確実にダメージを与えていくしか勝ち目はない。
レティルは続けざまに動いた。フェザーライオンの背後に素早く回りこむと構える。
「炎の矢(」
炎の矢がフェザーライオンに向かって伸びるが、それに気がつき大きな右腕を使い振り向きざまに風圧でかき消した。
「こんな低級魔法など!」
「判ってるよ!」
レティルは炎の矢(を放つ前にすでに左手に別の魔法を精製していたのだ。フェザーライオンが振り向きざまに打ち払うことは予想していたのだ。炎の矢(はダメージを与えようとして放ったものではなく、隙を突くためのフェイクだったのだ。
その証に今、フェザーライオンの腹部は、がら空きなっている。
レティルは左手に精製していた魔法を目の前にあるフェザーライオンの腹部に向かって一気に放つ。
「雷撃波(!」
放った雷撃が見事に相手の隙をつくことに成功し、フェザーライオンの全身を稲妻が貫いた。
ばりばりという空気を裂く轟音がし、すさまじい雷撃の光が周囲を眩しいほどに照らした。
「やったか」
確実に今の攻撃はダメージを与えたはずだ。相手にだって防ぐ余裕はなかったのだから。
「フフフ……。さすがは『精霊の魔道士』というだけのことはありますね」
フェザーライオンは身体を揺らして低く笑い、鋭い瞳は衰える事なく光りレティルを睨み付けた。
「だが、残念でしたね。私の体毛は魔法に対する耐性が高くてね。ダメージを三分の一に減らしてくれるのですよ」
なんでもなかったようにフェザーライオンは声を上げた。
確実なダメージを与えることが出来たと思ったにも関わらず、それも効果はなく、レティルは奥歯をぎりっと噛んだ。
電撃系の呪文は他の通常の呪文に比べての比較的にダメージを与えやすい。それでも相手にとって大したダメージにならないことを考えると他の通常の呪文では効果はない。
「さぁ、君たちも実験体となってもらいましょうか」
冷たい笑みを浮かべたフェザーライオンは風を切る素早いスピードで右腕を振ってきた。
そのあまりのスピードと暗がりのせいで反応が遅れたレティルは、かわすことが出来ずにまともにくらい、吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。
そのあまりの衝撃に激痛が身体中を襲い、息も出来ない事が加わって一気に意識が遠のいていった。
冷たい地面に倒れたレティルは霞む視界で必死にフェザーライオンを見ようとするがそれすらもままならず、そのまま意識を手放した。
最後に聞こえたのは高らかに笑うパドラの声だった。
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