ブレイブバスターズ

第一章 冒険の始まる国 大地の鉱石男

***   2   ***

 レミュー王国城下街を出たレティルは、急いで向かったため半刻も掛かることなくバァルの森に到着した。
 太陽は高く昇り切り、すでに少し下がり始めていた。
  それでも強い日差しが、森の木々の緑を一層鮮やかに彩るには充分だった。
 一見すれば、自然の溢れたすばらしい森に見えるこの場所も、一歩足を踏み入れると魔の巣窟で、四方八方からモンスターに襲われるという恐ろしい森に変貌する。
 レティルは森の入り口に立ち、腹を決めるようにふうっと息を大きく吐くと、そのままためらう事なく森の中に足を踏み入れた。

 森の中は木々には緑の葉が茂り、道を照らす太陽の光を程よく遮っていたため、外よりも遥かに涼しい風を運んでいた。
 レティルは周囲に充分注意を払いながら歩く。
 不思議な事に森の中にいるはずのモンスターの気配が不気味なほど感じられなかった。
 何か意味があるのだろうか……この静けさに。
  あまりの静かさに不気味に思いながらレティルは森の中をどんどん奥に歩いていく。
 そして一度もモンスターに遭遇することもなく、気がつけば森の中心らしい場所に到着していた。
 そこはちょっとした広場になっていて、開けた景色になっている。
 仰ぎ見た空は、森の木々により丸く切り取られたようになっていて、そこから太陽の光がさんさんと降り注いでいるため、森の道より明るかった。
 確かに、モンスターさえいなければとても良い森だと、レティルは思った。
 さぁっと葉擦れの音がし、突風が吹きぬけ葉が舞う。
 レティルは思わず顔を伏せるが、その次の瞬間には顔を上げた。
「何だ?」
一気に膨れ上がる魔の力。いままで感じなかったのが不思議なぐらいのとても強い魔力。
 レティルは周囲をうかがったが、その強い魔力の源と思えるほどの『何か』はない。
 これだけ強い力をとても近くに感じるのに姿が捉えられないなんて、いままで経験はなかった。
 しかし、それもすぐに明らかになる。
 ごおっという低く唸るような地鳴りがしたと思うと、地面が大きく揺れた。
  それはとても立っていられない揺れで、レティルは思わず膝を地面につく。
 同時に地面がぐにゃりと、まるで荒れた海の波のように曲がった。
 レティルは驚いてそこから飛びのくと、大きく曲がった地面が信じられない光景を作り出した。
 土色の大地から人の形が造られ、やがてそれは巨大な鉱石男ゴーレムとなって咆哮を上げた。
鉱石男ゴーレムっ!」
このレミュー地域周辺でははほとんど見られない。だが、それだけではなく普通の、今まで遭遇した鉱石男ゴーレムよりも遥かに、その目の前にいるものは巨大だった。
 普通の鉱石男ゴーレムは大人の身長の少し大きいぐらいだ。
  だが、目の前の鉱石男ゴーレムはそれの二倍はあるだろう。
「なんて大きさなんだ」
大きな岩石で出来た土色の身体。両手両足もかなりの大きさで、幼い子供と同じぐらいの握り拳を大きく振り上げる。
 そして巨大な足は巨体を支えるには充分の大きさで、足踏みを繰り返すたびに、その重さで大きな窪みを地面にいくつも作っている。
  その光景はまさしく異様だった。
 普通のモンスターではないと、レティルは肌でそれを感じでいた。
  大きさに比例しているのか、自分が知る鉱石男ゴーレムの持つ魔力とは比べ物のにならないそれが感じられている。
 うおおんと、巨大な鉱石男ゴーレムが唸る。その声の大きさに周囲の木と空気が震えた。
 そして振り上げた拳を一気にレティルに向かって振り下ろしてきた。その動きは巨大な身体つきには似合わない素早さで、レティルは反応が一瞬遅れたが、それでも何とか全身のバネを使ってそれをかわした。
「危ないな〜……これ。なんて素早さなんだよ」
 予想外の素早い動きにレティルは肝が冷える思いがした。

 鉱石男ゴーレムは本来、その重量とパワー故に素早さは低く、動きは緩慢だ。だが、この鉱石男ゴーレムは違う。大きさと重さを無視した素早さだ。
 明らかに何かがおかしい。レティルはそう感じながら、体勢を素早く整えると右人差し指と中指を突き出した。
氷の矢フリーズアロー!」
レティルの繰り出した光の矢は呪文と共に氷の矢へと姿を変え、鉱石男ゴーレムへと向かっていく。
 だが、氷の矢は鉱石男ゴーレムの身体に突き刺さることはなく甲高い音と共に氷の矢は砕け散り、きらきらと砕けた氷の破片が太陽に光に反射して舞った。
「呪文が効かない?」
レティルの放った呪文は決して威力の弱い呪文ではない。並みの鉱石男ゴーレムならば
一撃で倒せるほどの威力なのだ。
 本来人間が使う魔法は、その使い手の魔法力に比例して威力が上がる。たとえ初歩の魔法でも、魔法力がとても強い者が使用すれば充分一撃でモンスターを倒せるのだ。
 レティルの魔法力はかなり強い、その上に今使った魔法は氷系の魔法でも中級ランクにあたる。
 このレベルの魔法ならば、少しレベルの低い魔族なら致命傷を与えることができるだろう。それぐらいの威力なのだ。
 本来なら倒れてしかるべきなのに、ダメージを与えるどころかまったく効果がないなんて普通ではない。
 ごおっと風を切るように鉱石男ゴーレムが腕を振り上げた。それにレティルは気がつくのに一瞬遅れてしまった。
「しまった」
気づくのが遅れたレティルは鉱石男ゴーレムが拳を再び振り下ろしてくるのに動き出すことが出来なかった。
 拳が自分に向かって振り下ろされる様が目の前まで迫った。
 やられる……そう思った瞬間、影がさっと目の前に割って入るかのように現れた。
 きぃんという甲高い金属音が森に響き渡る。
 レティルは目の前の影を見た。目の前にあったのは緑色のマントをなびかせ、黄金色の髪を後ろで束ねた剣士らしい青年だった。
「ったく、来て見ればいきなりバトルかよ」
金髪の青年は剣で鉱石男ゴーレムの拳を受け止めていた。その剣を軸にするように鉱石男ゴーレムの拳を蹴り上げると、巨体は悲鳴のようなうめき声を上げてよろめき下がった。
「大丈夫か?」
「ああ、ありがとう」
気遣う青年にレティルは頷き返した。すると青年はこちらを少しだけ振り向いてにぃっと笑った。
「どういたしまして。話はこいつを何とかしてからな」
剣をひゅっと振るってから改めて構え、青年は鉱石男ゴーレムを見据えた。
 肩ぐらいまであるだろう金色に輝く髪を後ろで縛り、緑色のマントをなびかせ、軽装な衣服を身に着けている。おそらく剣士としての防御力よりも素早さに特化した装備なのだろう。
 ギルド所属のハンターである証のカウルはベルトの左脇につけられていて、A級ランクである証の赤い宝石が光っていた。
 そして容姿も整った顔立ちだが、精悍で、剣士らしい顔つきだ。しかしその中に、どこか繊細さを感じさせるものがあった。
  だが、その緑色の瞳は恐れることもなく鉱石男ゴーレム を力強く見つめている。
 剣士であることはすぐに判る身なりだったが、少し他の剣士とは違っていた。
  今、右手に持っている剣は右腰にある鞘のもの。だが、それのほかに背中には布に巻かれていて全貌は良くわからないが剣らしい物がある。
 彼はどうやら2本の剣を持っているようだった。
「こいつに魔法は効果ねぇよ。悪いけどそこでじっとしててくれ」
金髪の剣士はそう言うと、剣の柄をぎゅっと両手で握り締めて再び襲いかかろうとしていた鉱石男ゴーレムに向かって駆け出した。
 全身のバネを使い、襲い掛かってくる鉱石男ゴーレムの攻撃を簡単にかわし、懐にもぐりこむと同時に踏み込んだ。
 そう、思った時には剣を下段に構え下から上へと一気に振り上げていた。
  風もろとも切り裂くような音と共に、剣は鉱石男ゴーレムの巨大な右腕を切り落とし、ごおんという音を上げ地面に落ちて、砂煙を上げた。
 流れるような一連の動き、何の苦もなく、そして無駄もなくあの剣士は鉱石男ゴーレムを追い込んでいった。
 レティルは今までに何人ものハンターを見てきた。その中には彼と同じA級のハンターもたくさん居た。
  だが、彼はそのA級ハンターのレベルを遥かに上回る実力を持っていることは一目瞭然だった。
 まるで身体の一部であるかのように剣を振るい、全身のバネをうまく利用して動く身体の動かし方。天才的な剣士だと……そう言っても過言ではないだろう。
「とどめだ」
金髪の剣士は緑のマントをなびかせて飛び上がると、剣を大きく振り上げ、それを自分の体重と共に振り下ろした。
 鉱石男ゴーレムは断末魔を上げ、どぉんと轟音を上げ、地面に倒れた。
 着地した剣士は、鉱石男ゴーレムがもう息絶えたことを確認したのか手に持っていた剣を腰の鞘に収め大きく息を吐く。
 倒れた鉱石男ゴーレムはピクリとも動かない。やがてその身体はどんどん崩れていき、身体の全てが砂になり土に還っていった。
 今、目の前にあるのはゴーレムだったものの砂の山だけである。
 静けさの戻った森の中にレティルと青年は居た。彼はゆっくり振り向くと口元を歪め、片笑みを見せて近づいてきた。
「お前が『精霊の魔道士』レティル=セティだろ?」
目も前までやって来た彼は緑の瞳をまっすぐ向けてきた。
 レティルは自分の名前をさらっと言い当てた剣士を見る。年齢は同じぐらいだろうその剣士を見て、彼が自分が探していた剣士であることを知る。
「じゃ、君がガイ=バルトールか」
「ああ。……まったく、間に合ってよかったよ」
ため息と共に肩の力を抜いた剣士……ガイは次に顔を上げたときは苦笑を浮かべていた。
「悪かったな、どうやら俺の行動が利用されたみたいだ」
「利用? 一体どういうことなんだ、それは」
彼の言葉の意味が判らないレティルは、眉を顰めてガイを見た。
 すると彼は少しバツの悪そうな顔をし右手を口元に当てた。何かを思慮している様子だった彼は、少し間をおいてから手を外し、口を開いた。
「俺は確かに、お前に面会を申し込んだけど、伝言は頼んでないって言えば判るか?」
 伝言というフレーズにレティルはあっと思わず声を上げた。
 ギルドに戻ったとき、ガイから伝言だと言って紙切れを渡してきた男。そもそもその伝言があったからレティルはこのバァルの森にまでやってきたのだ。
「成程、俺がガイを探しているということを知っている『誰か』が、それを利用して俺をここまで呼び出したって事か。しかもご丁寧にも魔法が効かないモンスターを用意して」
レティルが魔道士であることは周知の事実だ。もし、レティルを罠にかけようとする輩がいるとなれば、その方法が一番手っ取り早いだろう。
 そして、人目を気にするのであればこのバァルの森は最適といえる。
 それを思い、レティルの表情がかげる。
 じゃ、利用して、自分を消したいのは誰なのかということになるのだが、レティルはそれが『出来る人物』というのは一人しか思いつかないのである。
 レティルがガイとの面会を希望していて、なおかつガイを探しているということを知る人物というのは……そして伝言を頼めるというのは一人しかいないのである。
「レティル」
不意に呼ばれて思考が止まり、反射的に顔を上げた。すると何かキラリと光るものが放物線を描き飛び込んできたので手を出してそれを受け止めた。
 手の中に落ちたそれは太陽の光を反射して光る、青みを帯びた黒い石だった。
「これは、ヴェルトゥ鉱石」
レティルはそれを知っていた。大抵の魔道士や錬金術師、そして鍛冶職人ならばそれを知っているだろうというぐらい有名な鉱石だった。
 だが、有名であると同時にそれはとても貴重な鉱石である。採掘される場所はほとんどなく、あったところで今は邪神軍の領地だったりするので現在ではほとんど市場に出回ることはない。
 ヴェルトゥ鉱石というのは、強い魔力を秘めた鉱石であり、それを利用して精製された金属は特殊な魔力を持つ金属となる。その金属を利用して作られた武具は特殊効果を備えた武具として重宝され高値で取引されている。
 また、その鉱石を媒体にして魔法を使う魔道士もいて、自分の魔法をレベル以上に増幅してくれるものとしても有名だったのだ。
合成獣キメラって知ってるか?」
ガイはそう尋ねてきたのでレティルは頷いた。
 話では聞いたことがある。モンスター同士を合成してより強力なモンスターを作り出す者がいると。
「さっきの鉱石男ゴーレム合成獣キメラさ。その鉱石は合成獣キメラを作り出すのにも利用されるらしい。おそらくエレメンタルスライムを合成したんだろうな」
  鉱石男ゴーレムならば、魔法だけで充分倒すことが可能なはず。だが、さっきの鉱石男ゴーレムは魔法が効かなかった。それは魔法が一切効かないモンスターの一つ、エレメンタルスライムというモンスターを合成したからだろうという話らしい。
  鉱石男ゴーレムのパワーを兼ね備えながらエレメンタルスライムの特性を持つ、ある意味では最強なモンスターだ。
 確かに、もしあれが合成獣キメラだとい言うのであればさっきの現象は納得が出来る。
「確かにそれなら魔道士にとっては最強のモンスターになるね」
基本的に他の職業に比べて腕力が弱い魔道士に武器や素手で鉱石男ゴーレムを倒すことなんて出来るはずはない。魔法が効かないこと以外は弱いエレメンタルスライムだけならば、倒すことも出来るだろうが、腕力も防御力も高い鉱石男ゴーレムなどを倒すことは出来ない。
 ともなれば、確かに魔道士にとっては最強のモンスターになるだろう。
「とにかくここを出ようぜ、ここにいたらまた襲われるとも限らないし」
「そうだね」
まだ、自分たちは危険な森の中にいる。

 とにかく一度森を出ることにした二人は、レミュー城下街へは戻らずに、バァルの森の東にある町フォートへ向かうことにした。

 

 フォートの町はバァルの森の恩恵を受け、人々が豊かに暮らしていた場所だった。しかし、森がモンスターの巣と化してからはすっかり廃れてしまい、今では出稼ぎする男たちのおかげで町が保たれているような状態だった。
 そのせいなのか、町はどこか静かで活気がない。
 それでも町の人々は何とか生きるために精一杯働いていた。
 そんな町のたった一つの食堂で、二人は休むことにし、店の一番奥のテーブルに向かい合って座る。そして、 この街名産のハーブ茶と菓子をつまんだ。
 そんな頃合いで、レティルは目の前に座るガイに再び話を切り出した。
「君、どうしてそんなに合成獣キメラのこと、詳しいんだ? そもそもどうしてあの森に?」
「この国に来るまで、師匠と一緒だったんだ。その時に合成獣キメラと戦ったことがある。あの森に行ったのは偶然ギルドに寄ったらオババが凄い勢いで言ってきてさ。それで」
ガイはそう応えながらハーブ茶を飲んでいた。
 態度や言葉そのものからは挙動不審なところは見られない。それに物腰も落ち着いているし、おかしなところは感じない。
「じゃ、どうして俺に面会を?」
「それは、だな……」
面会の理由を問いかけたとき、初めて彼の表情に動揺が浮かんだ。
 だが、それも一瞬だった。
「会ってみたかったって事でいいだろ? 興味あるしさ。どんなやつなのか」
ケロっとそう答えられてレティルは小さく息を吐いた。
 それが彼の本当の目的ではないことはすぐにわかる。相手だってそれをすぐに読まれることは判っているはず。
 なのにも関わらずそう答えてきたのには何か理由があるはずなのだ。
 だが、それを今は語るつもりはないらしいこともそれでわかってしまったが。
「そんなことより」
ガイが話題を変えるようにそう前置きをして話をしてきた。
「これからどうするんだ? このままレミューに戻ったところでまた狙われるのがオチだぜ?」
その点に関しては彼の言うとおりだ。
 少なくとも、レティル自身が襲われたということになるこの一件。このまま素直にレミューに戻ったところで、きっとまた、何らかの形で狙われてしまうだろう。
「仕方ない……ここまで足を突っ込んだら、本気で動くしかないみたいだ」
ハーブ茶を一口飲んでレティルは口元に笑みを浮かべて呟いた。
 ハーブ独特の香りが身体中に広がっていく事で、どこかに引っかかっていたそれが消えていくような気がした。
「動くって、お前には黒幕が誰なのかわかってるのか?」
「ハンターの行方不明事件は知ってる?」
レティルの問いかけにガイは大きく頷いた。
「ああ、上級ハンターが行方不明になってるらしいな。……って、まさかお前」
レティルが何を言おうとしているのかを理解したらしい彼は緑色の瞳を見開いて身をわずかに乗り出してきた。
「お前が狙われたことと、ハンターの行方不明事件が関係してるっていうのか?」
「たぶん。俺もその行方不明者の中に入れたかったんだろうね。でも普通に網を張っても引っかからないから、わずかなチャンスを利用して、あの森に誘い込みたかったんだと思うけど」
行方不明のハンターたちはギルドを通さない仕事を請け負っていた。報酬のいい仕事をちらつかせておけばそれなりに腕の立つハンターならば食いついてくるだろう。
 だが、レティルはそうはいかなかった。何せお金に興味があるわけでもない。ましてや用心深くい。
 なんにしても、目的ははっきりとはわからないが、腕っ節のいいハンターばかりを狙っているということは明白なようだった。
「で、具体的にどうするんだ?」
「そりゃ、正面から乗り込むしかないでしょ」
にっこりと笑みを浮かべてレティルが返すとガイは一瞬あっけに取られたような表情をして、やがて大きく息を吐いて椅子に深く座り込み頬杖をついた。
「見かけによらず結構大胆な方法を取るな、お前」
確かに、大胆かもしれないし、無茶かもしれないけれど。今のところ情報が少ないことを考えてそれしかないのだ。
 とにかく真実を知り、ひとつひとつ疑問をクリアしていく。そうすればおのずと黒幕が見えてくる。
「街に戻る。全てはそれからだ」
力強くガイに視線を送ると、彼は片笑みを浮かべて頷いた。
「おっけ、俺も協力するぜ。実力は知ってのとおりだ。文句はないだろ?」
あの合成獣キメラをあっという間に倒してしまった実力だ。確かに文句などあるはずはない。それにこの先どんな強敵が出てくるのか判らないのだし、彼のような剣士は魔道士の自分にとってはかなり都合がいい。
 だが、彼がまだ、信用できる相手なのかは読めない部分がある。
 どう答えるべきか戸惑っていると、彼はそれを察したのか苦笑を浮かべて静かに瞳をレティルに向けた。
「信用できねぇってか?」
「まだ、君の事は何も知らないし」
「お前だって『話さない』だろ?」
意味深な彼のその言葉にレティルはドキリとした。
 そう、レティルには誰にも話さない過去がある。話してはいけない過去といって方が正しいかもしれない、それ。
 名前も過去も……国さえも捨てて、今の自分は全て偽りだと、目の前の彼は見抜いているようでもある。
 全てを捨てた八年前。あの忌まわしき日に全てを失い、また捨てたのだ。
 生まれ育ち、そして守らなければならなかった故郷と呼ぶべき国と、自分に架せられるはずの使命を―――。
「わかった」
がたりと席を立ったガイはテーブルの脇に置かれた伝票を手に取った。
「俺が勝手にお前についていく。これでいいだろ? 嫌なら撒いちまえよ」
「ちょっと!」
勝手についてくると宣言したガイは伝票を片手にカウンターに向かったのでレティルは慌てて立ち上がり彼を追いかける。
「ここは俺が奢る。迷惑かけたお詫びでな」
追いかけてきたレティルに、彼はそう言って笑うとさっさと会計を済ませてしまった。
「ちょっと、待ってってば! 君!」
先に店を出て行ってしまったガイを慌てて追いかけて呼び止める。
  すると彼は、店を出たところで足を止めてくるりと身体を反転させて振り返った。レティルは思わず足を止める。
「ガイ=バルトールって名前がちゃんとあるんだけど?」
「あ、ごめん。……ガイ、勝手についてくるっていうけど、判ってる? 何が起こるか判らないし、かなり危険かも知れない」
この一件は普通のギルドの仕事とは訳が違う。どんな危険なことになるのか想像も出来ないし、もしかしたら上位魔族が関わっているのかもしれない。
 そんなことに無関係な人間を巻き込むわけにはいかない。
「覚悟はしてるさ」
ガイはどこか余裕を感じさせる笑みを浮かべて自身ありげに腕を組んだ。
「大体、また魔法が効かないやつが出てきたら困るだろ? それに信用できないならギルドで契約してもいい。用心棒としてお前が俺を雇うってことでさ」
 ギルドで雇用の契約をしてしまえば、雇われた側は雇った側に危害を加えることは出来ない。そういう規約がギルドにはあるからだ。もし違反を破れば処分されるし、悪質な場合は国から厳重に裁かれる。最悪は処刑と言う事例だってあった。
 確かに、そういった意味では彼の言うとおり二人の間に契約をしてしまえば不信という部分ではクリアされるわけではあるが……。
「信用しているとかしてないとか、そういう理由だけじゃない。これ以上俺のことに君を巻き込むなんてできないよ」
「そんなこと、気にする必要はねぇよ。」
ガイは苦笑を浮かべてレティルの言葉に答える。
「俺も利用されたわけだし、このまま……はい、サヨウナラって訳にはいかねぇよ」
気を遣いすぎだぞと、彼は声を上げて笑った。
 不思議な青年だとレティルは思った。
 剣士らしい振る舞いがあったかと思えば、次の瞬間には正反対の……穏やかで繊細な空気をまとって微笑んでいるときもある。
 明るくて力強いだけではなく、本当はとても穏やかに笑う、優しい青年なのだ。
 そして、会った時から感じでいた……不思議な感覚。彼とは会ったばかりなのにどこかに懐かしさを感じるというか、一緒にいることが自然なように感じるのだ。
 それは自分が魔道士で、彼が剣士であるという職業の特質という相性の問題なのかもしれないが。
「とにかく、俺は譲らねぇぞ。お前についていくからな」
びしっと言い切るガイ。どうやら何を言っても聞く気はないらしい。
 このままでは話が同じところをぐるぐる回るような気がする。仕方なくレティルが折れることにした。
「判った、協力をお願いするよ」
「よっしゃ、決まりだな」
ニィっと笑ってガイは大きく頷いて、右手でレティルの肩を叩いてきた。
「とにかく街に戻ろうぜ。そっからなんだろ?」
彼の言葉に頷いて、レティルはガイと共に陽が暮れるのを待ち、レミュー城下街に戻ることにしたのだった。

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