ブレイブバスターズ

 神秘的な世界であり、神々が住むとされている世界……天界。

 ありとあらゆる力の源。自然の摂理を生み出す精霊が住まう……精霊界。

 人や動物、植物という多くの生命が溢れ、光に満ちた世界……地上界。

 魔に属する者たちが暮らすとされている謎の多い世界……魔界。

 

大きく四つの世界に分かれるそれぞれの世界は、交わりを持つ世界と持たない世界がはっきりしているものの、それなりの安定を長らく保っていた。

 

 しかし、ある日……その均衡が破られた。

 

 魔界から地上界に出現した『アウティルーガ』と名乗る魔族が、他の魔族やモンスターを引き連れて地上界を侵略し始めたのである。
 やがて、その魔族を人々は『邪神』と呼称するようになり、人々はそれを恐れた。


 邪神は世界を炎と血で染め上げ、人々は嘆き悲しみ、地上は荒廃する道を辿るしかなかった。

 

 だが、その闇に染まり始めた世界に光が1つ生まれた。

 

 その名はアーティア。人の世界で生まれたその者は、幼き頃から精霊の声を聞き、その力を自分のものとするという不思議な力を持っていた。

 やがて成長したアーティアは、人々が邪神軍に苦しめられているのを見ていられなくなり、剣を持て立ち上がった。
 精霊を己の力とし、人を守り、魔を退け、荒廃するしかなかった地上に希望という光を導き与えた。

 しかし、邪神アウティルーガはとても強く、また、とても邪悪な力を持っていた。
  それはアーティアの持つ力を持ってしても打ち破ることは出来なかったほど。
 アーティアは、それでも何とか地上に平和をもたらせるために精霊神ルシアの力を借り、邪神アウティルーガを『時の狭間』に封印することが出来た。

 

 こうして地上に再び平和が訪れ、アーティアは人々から『勇者』と崇められることになった。

 やがて、この戦いと世界を救った勇者の名を忘れないために、世界の名、そのものを『アーティア』としたとされている。

 

これが、この世界『アーティア』に伝わる、伝説である。

 

 

 

 伝説が生まれて五百年ほどが経ったある日、平和な日々も突然終わった。

 

 邪神アウティルーガが封印から解放され復活したのである。

 人々は、勇者の血を受け継ぐ、アルバート王国とサフィルト王国の王が立ち上がると信じていた。

 だが、勇者の国はあっけなく邪神軍に滅ぼされ、人々の希望だった勇者の血は途絶えた―――。

 人々は絶望し、そして未来を失ったかに見えた。

 

 だが……

 

 

 

 八年後―――。

 

 

 

 

 

 

第一章 冒険の始まる国 大地の鉱石男

 

***   1   ***

 空は厚い曇に覆われ、暗く垂れ込めていた。
 そこは生温かい、そして血生臭い空気が吹き抜けている無人の街。

 
かつては人々が賑やかに行き交っていたはずの場所は、ありとあらゆる建物が瓦礫の山と化して、街としての機能を果たしていた頃の面影はすでに無くなっている。
 その廃墟と化してしまった街は魔物の巣となり、至る所で不気味な声が上がり、街中に響き渡っていた。

 そんな、たくさんの異形な者たちが縦横無尽に行き交う街とは呼べないこの場所に、一人の人間が足を踏み入れた。

 その者の容姿は、重く灰色の空とは正反対の、晴れ渡った青空と同じコバルトブルーの髪。薄紫のマントと白地のローブを風になびかせる。
 
そして、一見すると少年と思うような、まだ幼い面影が残る顔立ちに、力強い紫の眸が輝く、とても印象の強い青年だった。

 その青年の名は、レティル=セティ。名の知れた魔道士だった。

 レティルはモンスターが巣食う街をためらう事なく歩いていく。
 湿度と血のにおいの混ざる風が吹く中、足を進めると街の中心部に辿り着く。
 少し大きな広場。
 白いレンガが幾何学模様に敷き詰められ、綺麗に整備されていたそこはかつては清水の流れる噴水だったのだろ。
 噴水の中心には水の後が残るオブジェもあった。

 吹き抜けていく不快な風が、レティルの青い髪と薄紫のマントをなびかせる。
 するとその風が人間の匂いでも運んだのだろうか。それともどこからか嗅ぎつけたのか四方八方をモンスターが取り囲み始めた。
 低い呻き声が、レティルの耳にも判った。
人狼(ワーウルフ)の群れか」
 レティルを囲んでいたのは人狼(ワーウルフ)だった。
 二足歩行の狼。
 鋭い爪と牙、不気味な光を宿す赤い瞳がレティルを睨みつけていた。
 唸るような低い声が街の空気をびりびりと響かせる。
 周囲を取り巻いている人狼(ワーウルフ)はざっと二十体はいるだろう。
 しかし、レティルは臆することはなく、その場から動こうとはしなかった。
 その両手にも身体の至る所にも武器は持ち合わせてなく、見た目は丸腰だ。普通ならばこの場から逃げ出そうとするか、その表情が恐怖で引きつるだろう。
 だが、レティルの表情にはそういったものはなく、余裕すら感じることができるものだった。
 
紫の瞳は鋭い光を宿し人狼(ワーウルフ)たちに向けられ、人狼(ワーウルフ)たちはその視線に並々ならぬ気迫らしきものを感じ取ったのか、しだいにひるみ始めた。
「二十と少しか。この程度ならあんまり苦はなさそうだな」
そう独り言のように呟くと、レティルは人狼(ワーウルフ)に囲まれているのにも関わらず静かに瞳を閉じる。
 風が吹く音が鼓膜を揺らした。
 その次の瞬間。
 人狼(ワーウルフ)たちの地面を蹴る音がレティルの耳に届く。
 吹き抜けていく風が不規則に揺れ、動く気配がした。
 まるでそれを合図とするようにレティルは瞳を開け、そのまま流れるような動作で両手を振り上げる。
炎の嵐(バーニングストーム)!」
呪文を高らかに唱えたと共に、振り上げた両手を左右に開く。すると繰り出された炎の嵐は、左右に開かれた両手から放たれ、レティルに襲い掛かろうとしていた人狼(ワーウルフ)たちに、まるで生き物のように襲い掛かり、その炎が焼き尽くしていった。
 人狼(ワーウルフ)の断末魔の叫び声が炎の中に消え、人狼(ワーウルフ)だったものたちの灰が、吹きぬける風に乗って街に溶けるように消えた。

 静けさを取り戻した広場にレティルは立つ。
  その胸にある紫の宝石が埋められた楕円のブローチが淡く光っていた。





 アーティアの世界。
  地上界にある大陸の中で二番目に大きな、西の大陸ウェストル大陸の最南端の国、レミュー王国。
 三つの街と二つの町、そして一つの城下街と城を抱える大国だ。
  北にはダルホム山脈が国境の役目を果たし、その麓にはバァルの森が広がっていて、南にはロマルト平原と呼ばれる広大な大草原が広がっているという緑に溢れる豊かな土地だった。
 しかし、そんな豊かな国土も邪神軍の侵略で失われている部分もある。
 街は一つ滅び、美しかった山々や森はモンスターの巣窟と化していた。
 それでも被害はまだ、荒廃を始めた世界の中では遥かに少ない方だった。その理由は二つある。
 一つとしてレミュー王国は、邪神軍が出現した遥か昔から製鉄や錬金術に優れ、火薬を使った、この世界では珍しい武器を保有しているからである。
  広範囲の攻撃が、一度で可能な火薬の武器を手にしていることで邪神軍に唯一互角に対抗できる国でもあった。
 そしてもう一つはこの国から始まった、特殊なシステムのおかげでもある。

 

 それは―――。

 

 青い髪の青年、レティルはレミュー王国の城下街にいた。
 街の通りを歩くと誰かしらが振り返る。人目を引く容姿であるという事も理由ではあったが、それ以外にも理由はあった。

 石造りの建物が多く並ぶ街を、レティルは向けられている視線を気に止めることもなく歩き、街の中心部にある一際大きな石造りの建物に入った。

 そこは『ギルド』と呼ばれる特殊な施設だった。

 邪神アウティルーガが復活して八年。

 人々は何とか生き抜くために、腕の立つ者たちの手を借りようと思い立った。
 それをきっかけに世界各国が協力し、最初にレミュー王国に作られたのが『ギルド』と呼ばれる組織と、施設。そして『ハンター』と呼ばれる者達の存在だった。
  『ギルド』は今や、全国各地に存在する施設であり、そこに所属する『ハンター』の存在が、邪神軍侵略の最大の防壁になりつつあった。

 『ハンター』と呼ばれる強者達は、『ギルド』と呼ばれる組織に登録し、そのギルドを通して誰かからの依頼やモンスター、魔族の退治を受け、成功報酬を受ける。
 もちろん仕事は、その依頼レベルや難易度により報酬は変わり、また受けられるハンターのレベルも五段階に別れていて、 そのレベルによって受ける仕事の難易度を決める。
 その管理システムによって、ハンターの無駄な犠牲を避けていた。

 そしてレティルもまたその『ギルド』所属の『ハンター』だった。

「オババ、お願い」
 建物に入るなり、レティルは一番奥にある受付カウンターに向かい、そこに座っている老女に胸に付けていたブローチを外し差し出した。
「おや、レティル。またモンスター退治かい?」
オババと呼ばれた老女は、少し掠れた声でそうレティルに応えると骨ばった手で差し出されたブローチを受け取った。
「これはまた稼いだみたいだね〜。『カウル』の石の情報はいっぱいだよ」
老女は受け取ったブローチ(カウル)を慣れた手つきで機械に通した。
 それはカウンター越しの座るすぐ横に置かれた大掛かりな機械で、その中心には煌く
水晶があった。そこにブローチ(カウル)をかざすように通すと、機械についている特殊な鉱石を加工して作られた画面にたくさんの文字と数字が表示される。
 老女はそれを見て、手元にある古びた計算機で手早く計算した。
「えっと、人狼(ワーウルフ)が二三体、ゴブリンが一八体、バタフライが九体、合計の金額は五万ギラだね」
そう言うと老女はカウンターの下にあるレジから札を五枚取り出してレティルに差出した。
「ありがとう」
差し出されたお金を受け取ると、老女は次に受け取り証明の書類とレティルから受け取っていたブローチ(カウル) を返してきたので、それも受け取った。
「さすがS級ハンターだね。この『カウル』の紫石は伊達じゃない」
「おだてないでよ。コレぐらいはA級だってやるじゃないか」
レティルは少し、はにかんだ笑顔を向けて返すとブローチ(カウル)を再び左胸に付け、差し出された受け取り証明書にサインをした。

 ブローチ(カウル)はギルド所属のハンターの証。それの中に埋められている宝石の色はハンターのレベルランクにより違っていた。

 一番下のランク……D級は緑石、C級は黄石、B級は青石、A級は赤石。そして最上級ランクであるS級は紫石だ。
 それはハンターの証であると同時にこなした仕事を証明するものでもあった。
 中心にある宝石が戦闘を記録していて、それを特殊な専用の機械で読み取ることで倒したモンスターや魔族の数を確認し、報酬を決めていた。
 ギルドとハンターにとってなくてはならないアイテムの一つだった。

「そういえば聞いたか? またA級ハンターが行方不明らしいぜ」
「またか?」
「ああ、なんでも行方不明になる前日に大金が入る仕事があるって言いふらしてたそうだ」
「ヤバイ仕事に手を出したんだろうな。これで何人目だ?」

 手続きを終えようとしていたレティルの耳に、仕事受けに来たらしい他のハンター達の噂話が聞こえてきた。
 彼らはギルドのロビーにある、休憩所のテーブルで飲み物を片手に話し込んでいるらしい。
 レティルが視線を向けても彼らは気づく様子はなく話は続いていた。
「また、ハンターが行方不明になってるのか」
その話を耳にしたレティルは独り言のように呟いた。
「あんたも気をつけなよ、レティル。まぁ、あんたはお金には執着心ないだろうから心配はないかもしれないけど」
ケラケラと笑いながら老女が言うのでレティはつられるように笑って返した。
 それから、不意にレティルは話しているハンターたちと同じ疑問を口にする。
「これで何人目?」
「えっと・・・確か七人目だったと思うよ」
「そんなに?」
老女の返した答えにレティルは驚きの声を上げて目を丸くした。
 ここ数ヶ月、ハンターが行方不明になる事件が目立つようになっていた。
 戦闘で死亡したと思われたが、ギルドで仕事のレベルを管理しているので、それほど無茶をしなければ、そういう最悪の事態になるということは少ないだろう。
 なので数ヶ月で何人もいなくなるということそのものが不自然だ。
「しかもA級とS級のハンターばかりだ。…どうも、ギルドを通さずに仕事を請けてるみたいだね、そういう連中は。全国各地でそういう事例があるらしいけど、ギルドを通してないんじゃ調査のしようもない」
 基本はギルドを通して仕事を請けるのだが、時にはギルドを通さずに仕事をする場合もある。
  仕事を依頼する側もギルドに通しては何かと面倒だという者や、都合の悪い者もいる。そういった者たちが、ある程度は名の知れたハンターに直接仕事を依頼するという事例もないわけではない。もちろん、決して多いわけではないのだが。
 だが、個人で請ける仕事には危険も多い。ちゃんとした仕事ならばいいが、時には裏で魔族が糸を引いていて、犠牲になる場合もある。
 そういったトラブルが多発するのでギルドとしてもできるだけ個人では請けないようにと注意を促してはいるのだが、間にギルドが入らない場合の方が報酬が良かったりもするので、金儲けでハンターになった者はこういった仕事を請ける者が多いのだ。
「ギルドでもわからないんじゃ、どうしようもないね」
 実はレティルも気にはなっていたのである。ハンターの行方不明事件。
 並みのレベルのハンターならばともかく、S級のハンターまでもが行方不明になっているいう事が引っかかっているのだ。
 S級というランクはD〜A級とはまったく違う、ハイレベルな実力を持つ者達のみに与えられる特別なランクだった。
 例えば、並みの魔族を倒すのにA級のハンターならば2〜3人は必要だろうが、S級のハンターならば1人でも充分戦うことが可能である。
 つまり、A級のハンターが2〜3人でS級のハンター1人の実力と同じぐらいということになる。
 それほどにレベルには差があり、また天才的な才能が必要となるランクでもあった。
 そしてレティル自身もS級のハンターである。
  S級になるには最低でもどれぐらいのレベルの力が必要なのかを充分に知っているのだ。
 だから尚更、気になるのである。
  そんな、ずば抜けた実力の持ち主である者達までも、いや、それほどの実力を持つものばかりが、これほど行方不明になっている事が異常である。
 だが、気になってはいるものの情報があまりに少なすぎるために、調べるにもどうすることも出来ずにレティはそのままにしていたのだ。
「まぁ、とにかくレティルも変な仕事は請けないことだね」
「わかってるよ、オババ。…じゃ、ありがとう」
レティルは気遣ってくれた老女に礼を言ってから背を向けた。
 すると、急に老女が何かを思い出したかのように、再びレティルを呼んだ。
「レティル、ちょっと待っとくれ。あんたに会いたいってヤツがいるんだよ」
彼女の呼び止めにレティルは振り返ると、眉を顰めて返した。
「オババ、そういった類は断ってって言ったじゃないか」
レティルはこの大陸中では名を知らないものはいないという程の有名なハンターの一人だった。
 強力な魔法を自在に操り、次々とモンスターや魔族を倒す事から『精霊の魔道士』と、周囲から呼ばれる程の実力者である。

 街を歩いて振り返られるのもそれが理由だった。
 なので、一目会いたいだの、手合わせ願いたいだのと面倒なことが多いので、老女には言ってそういった面会の類は全て断ってもらっているのだ。
 そもそもそんな連中の全てを相手にしていたら時間がいくらあっても足りないだろう。
「それが、こいつは特別でね。まぁ、見ておくれ」
手に持つ紙をヒラヒラさせてから、老女はカウンターにそれを置いてレティルに差し出してきた。
 一つ息を吐いてから、レティルは仕方なく老女の差し出した紙を受け取って目を通した。
「あんたも名前は知ってるだろ?ガイ=バルトール。三ヶ月でA級になったという相当な実力者だ。あんたといい勝負だろ?」
「確か『疾風の剣士』って呼ばれてるハンターだっけ?」
レティルはその名を聞いたことがあった。
 三ヶ月でA級になったというハイスピードさと、あっという間に敵を倒してしまう素早さから、いつからかそう呼ばれているという。
 噂が流れて来たのは中央大陸の国からなので、レティルはまだ、その噂の人物に会ったことがなかった。
  だが、どうやらその剣士はこの国にやってきていて自分に会いたいと指名してきたらしい。
 レティルは老女から受け取った書類にあらかた目を通し返した。
 そこに書かれた戦歴と経歴。経歴はたいしたことは書かれていないが、戦歴は凄いものがあった。
 それを見て興味を引かれたレティルは少しなら会っても良いかなという気になっていた。
「ま、オババの推薦なら会うだけ会ってもいいかな?」
「そうしてやってくれ。どうしても会いたいって熱烈だったからね。理由は聞いてないけど、礼儀も正しいし、物騒な感じでもない。歳もあんたの一つ上だし変わらないだろし、心配はないだろう」
会ったらいきなり喧嘩を吹っかけられるという事はない、という意味らしい老女の言葉にレティルは苦笑した。
「わかった、とにかく会ってみるよ」
そう応えたレティルはさっきの書類に書いてった宿泊先に向かうためにギルドを後にした。

 

 とりあえずレティルは老女から紹介された剣士に会うために、書類に書かれていたこの街での宿泊先に向かう事にする。

 このレミュー王国の城下街は世界で一・二を争う大きな街。
  宿屋は複数あり、レティルはギルド指定の宿屋を使用している。
 しかし、ガイ=バルトールはギルド指定の宿屋ではなく民間の宿屋を利用しているらしい。
 だが偶然にも、その宿屋はレティルの知っている宿屋だった。
 ハンターの多くはギルドの指定する宿屋を利用する者が多いのだが、同業者が多くいる場所を嫌う者もいて、民間の宿を利用する場合も少なくはない。

 レティルは大通りに出る。

 そこは数多くの店が並んでいて街の人々が食料や日用品を買ったり、ハンターたちが武器や薬、必需品などを調達したりと賑わっていた。
 人の流れをうまく避けるようにしてレティルは通りを歩く。

 途中、何度も店主に声を掛けられたりするが、レティルはそれを笑顔で断ると、どんどん歩いて目的地を目指す。
 大通りを抜け、右に曲がり進むと少し細い道に出る。そこをまた進み、右に曲がると目的の宿屋があった。
 少し古びた建物だったが綺麗にされているそこにレティルはためらう事なく入っていく。
 中は木製のアンティークな家具で統一されていて、落ち着いた雰囲気のロビーだった。
  決して大きくはない宿屋だったが、落ち着いた空気を持っているためか、ちょっとした高値の宿屋と変わらないと思わせるほどだった。
「レティルじゃないか、どうしたんだい?」
ロビーカウンターにいた、少し太めの女性がレティルの姿を見つけるなり声をかけてきた。
「マールタ」
レティルはその女性をマールタと呼ぶとカウンターまでやってくる。
 彼女はマールタ。この宿の女将だ。
  いつも明るく朗らかで気立てのいい女性だと街でも結構知られた女性だった。
 以前、ハンターの仕事で彼女と関わったことから顔見知りだったのである。
「この宿にガイ=バルトールって剣士が泊まってると思うんだけど」
さっそく本題を切り出したレティルが尋ねると、彼女は調べることもなくあっさり頷いた。
「いるよ。三日ぐらい前にやって来てね。あ、でも今朝から出かけてから戻ってないね」
「どこへ行くって言ってた?」
「誰かに会うってのは言ってたねぇ。仕事の依頼を受けたからって」
依頼という単語を聞いてレティルはさっきギルドで聞いたハンターの行方不明の事件が頭をよぎった。
「それってギルド通した仕事?」
「どうだろうねぇ。そこまでは判らないよ」
「そう、ありがとう」
レティルは剣士のことが気になったので、早々に礼を言うと宿屋を後にし、急いでギルドに戻った。

「オババ! ガイ=バルトールがここで今日か昨日、何か仕事を請けたか知りたいんだ。急いで」
 駆け込むようにギルドにやって来たレティルはオババに詰め寄りそう言うと、老女は少し驚いたように目を見開く。
 しかし、すぐにこちらの事情を察したのか何も聞かずに手早くリストを手にして調べ始めた。
「いや、請けてないね」
どうやら予感が的中してしまったらしい。
 ギルドを通さずに請けた仕事と上級ハンターの行方不明事件。
 布石が揃ってしまった。
 もしかしたら彼もそれに巻き込まれてしまったのかも知れない。
 だが、自分には情報が少なすぎる。探すにもどこを探して良いのかもまったく見当がつかない。
「どうすればいいんだ」
途方に暮れ、呟いた。
 すると、突然背後から声を掛けられた。
「レティル=セティはあんたか」
反射的に振り向いたレティルの視線の先には中年の、身体つきの良い長身の男がいた。
「そうですけど、あなたは?」
「ガイ=バルトールから伝言を預かっている。マールタの宿屋に行ったらあんたはここに戻ってるんじゃないかと言われてな」
そう男は言うとレティルに紙切れを渡してきた。
「じゃ、確かに渡したからな」
男はそういい残すと早々に立ち去ってしまった。
 レティルは渡された紙切れに視線を落とす。
「バァルの森で待つ……か」
走り書きのように乱暴な字で書かれた内容をレティルは呟くように読み上げた。
「バァルの森って、あそこはギルドの監視に入ってるほどの危険な所だよ」
老女がそれを聞いて声を上げた。
 手紙が指定する場所。
 バァルの森はレミュー王国の城下街から北に向かって半刻程歩いた所にある。
 以前は、野生の木の実や果実、それに獣が狩れるということもあって、周囲の狩人達や女性たちが自然の恩恵を受けていた。
 しかし八年前、邪神軍が復活して以来、あの森にはモンスターが住みつき、年々危険度が増していっているのだ。
 もう何人もの人間が犠牲になった。
 そして一年程前からはハンターの中でも犠牲者が出るようになったので、ギルドはバァルの森を監視下に置き、ある一定のレベルの者か、師団でなければ中で討伐をすることを禁止したのだ。
 しかし、それでも中に入り手っ取り早く稼ぐものがいないわけではないのだが……。
 そんな危険な森に呼び出すという事は何か裏があると思っていいだろう。
「どうやら招待されたみたいだね、俺」
受け取った紙を握り締めて、レティルはそれを足元にあったゴミ箱に放り込んだ。
 おそらくこの後ろに関わっているのは最近頻発している上級ハンターの行方不明事件。
 ガイ=バルトールが利用されたのか、犠牲になったのか、あるいは犯人の仲間なのかは定かではないが、こうまでして自分を呼び出したのには理由がある。
「行くしかない、か」
真相は行かなければきっと判らない。
「レティル」
「大丈夫、とにかく行ってみるよ」
レティルはニコリと笑ってオババに応えると、ギルドを出た。

 そして城下街を出て、レティルはためらう事なくバァルの森に向かった。

NEXT/TOP