ブレイブバスターズ

プロローグ

 

美しかった景色。
 城から見える深緑の森も、その向こうにあった青い湖も、そして銀色に輝くレンガの装飾を彩った街並みも見る影もなくなっていた。
 今、広がる光景はまさに地獄絵図そのものだ。至る所から火の手が上がり、美しい街並みを全て飲み込んでいた。深緑の森も火の海となり赤く色を変えて存在するその景色と、おぞましい存在の者たちが流した毒のせいで美しかった湖は黒く闇の色に変わり、空も鉛色に覆われていた。

 焼け焦げた街を、かつては人々が笑顔を交わし歩いていたその道を、今は魔物たちが徘徊していた。それらの足元には昨日まで暮らしていた人々の見るも無残な姿が、まるでいらなくなった人形のように転がり、魔物たちはより一層不気味な声を上げ続けていた。

「父上……母上……」
 深い空の色とも、海の色とも言える、美しいコバルトブルーの髪と深紫の瞳を持つ少年が呆然と立ち尽くしていた。
 地下の薄暗いその場所で、わずかにあるランプの心細い灯し火が映し出す目の前の光景に、全身が何かに撃たれたような、しびれる感覚が走り抜けた。
 自分の身長ほどの剣を手に、少年はゆっくりとその光景の中心に近づいていく。

 そこにあったのはかつての父と母の無残に引き裂かれた姿が真っ赤な血の海に浮かんでいる光景だった。

 信じられないものを見るような瞳で少年は見下ろしていたが、やがてその少年の瞳は違うものを捕らえる。
 それは血の海にまぎれて存在していた美しい魔方陣。
「まさか、これは。では、やはり……父上
と母上が邪神を甦らせたのか」
 少年の声は震えていたが、確かにその言葉を紡ぎ出した。だが、言葉を口にした少年自身がそれを信じることが出来ない。
 そこに存在していた魔法陣は、封じていた『邪神』を甦らせることのできる唯一の魔方陣だったと知ったのは、この騒ぎが起こって、惨事が目の前で繰り広げらる光景を目にしてからだった。。
 五百年前、この世界を暗黒に染めた恐ろしい魔族。そのため、その魔族を誰からか『邪神』と呼ぶようになっていたのだ。その魔族の名は『邪神アウティルーガ』。
 その邪神は五百年前に『勇者アーティア』と精霊神によって封印されたはずだった。その封印を勇者アーティアの血を引くこの自分たち、アルバート王国の血族が守っていたのだ。
 しかし、それをアルバート王国の王である父と女王である母は何故か封印を説いて魔物共々解き放ってしまったのだ。
「レイティーラル王子!」
自分を呼ぶしゃがれた声がした。それを聞いて少年は慌てて地下室を飛び出した。地下室を抜けるための階段の前で、その声の主と出会う。
  彼はその声と同様、白髪で口元に白く長い髭をたくわえていた老人で、落ち着いた緑の色のローブと樫の木で出来た杖を手にしていた。
「グリズ! そっちは?」
「いえ、もう」
少年の問いかけに老師は首を横に振った。それは生存者が存在しないことを意味している。
「王子、ここを離れるのです」
「この国を捨てろというのか?」
「生きてさえいれば、国の再興も叶います」
「でも」
「しっかりしてください」
老師はしっかりと少年の腕をつかんだ。
「もう、邪神を倒すことのできる勇者の血を持つものはあなた様しかいないのですぞ」
「それじゃ」
「はい。サフィルト王国も先ほど、邪神軍によって落城したと」
それはもう一つの勇者の血を伝える王国だった。だが、その王国も魔物たちの手に落ちてしまったということ。
「おそらく、誰も生きてはいません」
「そんな……」
「王子」
老師はぐっと少年の肩をつかんだ。
「もう、王子しかいないのです。偉大なる勇者アーティアの血を継ぐ者は、レイティーラル王子ただ一人。ですから、貴方様が、こんなところで命を落としてはこの世界は本当に闇に包まれてしまいます!」
「グリズ」
「今は、引いてくだされ。そして強くなり、邪神を倒す機会をうかがうのです」
老師の言葉に少年はうなだれるようにうなずいた。
「わかった。今は引く。そしていつか強くなって邪神を倒す」
「それでこそアルバート王国の王子です。さ、こちらへ」
グリズは少年の手を引いて地下通路を走り出した。闇の広がるその先に、いつか光が差し込む……そんな道を少年は走り出したのだった。

 

 

 

「探せ! 探せ!」
紅い瞳に褐色の肌、そして銀の髪を火の粉の舞い上がる風になびかせている者が魔物たちに向かって叫んだ。
「人間どもは全て一掃しろ! 邪神アウティルーガ様の命令だ! 一人残らず殺せ!」
その声を受けた魔物たちが、より一層不気味な声を上げてた。
「ヴィラルダ様!」
そんな銀の髪の男の下に魔物が2匹駆け込んできた。
「城の地下で王と王妃の亡骸を確認してまいりました。」
「そうか。で、王子はどうした?」
「はい、別の魔物が殺したと」
「それはまことか?」
銀の髪の男がそう尋ねると魔物たちは確かにうなずいた。
「確かです。ヤツが逃げ込んだ小屋に火を放ちました。その跡に黒く焦げた身体を魔物が食らったそうです。そのそばには、この国の紋章を施した王族の衣装が確かに……」
「そうか、勇者の血もとうとう絶えたか」
男は知っていた。もう1つの勇者の血も絶えたことを―――。
 ふつふつと湧き上がる笑みを押さえることが出来ず、と低い笑い声を漏らす。だが、やがてそれは押さえられず高らかな笑い声に変わった。
「皆者! 勇者は滅んだ! もう、恐れる必要などない。この地にアウティルーガ様を迎える準備をしろ! 我々魔族と魔物を暗い地底に閉じ込めた人間どもと精霊どもに耐えがたい苦痛を与え続けるのだ!」
男の言葉に喜びを露にさせた魔物たちが、大きな歓声と不気味な声をより一層この地に響かせていた。

 それは暗黒の時代の始まりだった……・。


―――世界は魔物に覆われ、邪神軍に地上は支配されていく―――

 

 

 

―――八年――――

そして、全てが始まる。

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